「第七師団団長、他二名が到着致しました」
「…入りたまえ」
秘書らしき人物が扉の前で私たちの来訪を告げると、中からなにやら重々しい声が聞こえて静かに扉が開かれた。
「…この度の査定、ご苦労であった。して、結果について我等の前で報告して貰おうか」
「なっ…」
阿武兎さんにマントの裾を引かれ、慌てて出かけた声を抑えた。目の前には、黒いマントに笠を深く被った男たちの映像だけが立って居る。
「鳳仙の旦那は、残念ながら殺しちまいましたよ」
ニコニコと団長が笑顔のまま告げると、映像の男たちからおぉ、とざわめく声が上がった。
「…それは真か」
「えぇ、確かですよ。後の説明は部下から聞いてください」
団長が腰を下ろすと、阿武兎さんが1歩前へ出て何やら『吉原査定の結果』とやらを報告し始めた。私にはあまりよくわからない話しだったけど、元老の人たちが鳳仙とやらが死んだことを喜んで、吉原というのを団長に任せたことだけは分かった。
「それで、その時死んだ云業の代わりに第六師団からきたのがこのなまえです」
「へっ?」
話しを聞いていなかったらいつの間にか吉原の話しは終わっていて、私の話しになっていた。
「来い、なまえ」
「は、はい」
阿武兎さんに呼ばれ隣りに立つと、元老たちとの距離がぐっと近付いた。(映像だけど)
「ほぉ…お前が新しく第七師団に入った夜兎か」
「はい」
ジロジロと、まるで舐めるように上から下まで見られてはいい気分がするはずもなく、私は段々イライラしてきた。
「お主、マントを脱いでもう少し近う寄れ」
「え?」
何だコイツ、と怪訝に思いはしたけど、この人たちは元老なんだとぐっと堪えて、着たこともないような露出度の高いチャイナ服になり1歩前へ出た。
「ほぉ…これはこれは…」
「なかなかの上玉ではないか」
明らかに下品な声が混ざっていて、私は思わず顔をしかめる。そんな私に構わず、元老の1人がとんでもないことを言い出した。
「お主、第七師団を辞めて我等の直属の部下にならんか」
「…へ?」
「仕事は我等の護衛のみ。簡単であろう?」
そうだ、それがいい、と次々と元老たちから賛成の声が上がる。私には選択権はないのか。このままだと不味い気がした。
「あ、の…」
私が断ろうと口を開いた途端、後ろで座っていたはずの団長が私の横に立っていた。
「それは困るなぁ。コレは俺の玩具なんだ。悪いけどいくら元老だからってコレはあげられませんよ」
「なっ…、団長!」
阿武兎さんが止めるのも聞かず、団長は更に映像の元老たちに近付く。
「今回の件で、アンタ等も少し心配事が減ったでしょう?このくらいの我が儘、聞いて貰っても罰は当たらないと思うんですがね」
「まァその、本当に云業の代わりとして、置いてるだけなんで…今回は見逃して貰えませんかねぇ」
団長と阿武兎さんの言葉に、元老たちは無言を返す。そして暫くしてから小さく好きにしろとだけ言って、映像の彼等は消えてしまった。
「ったくよ…あれ程アンタは喋るなって言ったじゃねぇか」
「ごめんごめん、でもなまえをあんなエロジジイ共のとこにやるよりはマシだろ?」
「…あのなァ、団長。そりゃそうなんだが…」
帰り道、謎の馬車(牛車?)に乗って帰っていると、阿武兎さんが呆れたように溜め息を吐いた。そりゃそうだろう。たかが師団長が元老に楯突くなんて、普通は有り得ない話だ。
「そうですよ!しかも私のこと玩具って…どういう意味ですか!」
私も阿武兎さんの言葉に続き憤慨する。そう言えば私は最初から団長にいいように遊ばれてる気がする。
「どうもこうも、そういう意味だよ」
団長は楽しそうに笑いながら窓の外を眺めた。日が傾き、空は茜色に染まっている。
「それにさ、」
団長はふと車内に視線を戻すと、再びにこりと笑った。
「阿武兎は俺を海賊王にしてくれるんだろ?」
「…海賊王?」
「〜っだから、それとこれとは話が別だろうが!」
困ったように叫ぶ阿武兎さんを横目に、団長は私のほうを向いてうっすらと瞳を開けた。
「俺はね、俺の渇きを潤したいんだ。修羅の血…それでしか俺の魂は潤わない」
射抜くような視線に呼吸を一瞬忘れてしまった。心臓がどくりと音を立てる。初めて見た、団長の瞳。
「…だから、なまえも阿武兎と一緒に頑張ってね」
「…は?」
突然いつもの調子に戻った団長にいきなり話を振られ、思わず間抜けな声が出る。頑張ってって、一体何を?
「2人で俺の海賊王への道でも切り拓いてくれよ」
ケラケラと笑いながら私たちに向かってそう言う団長に、私と阿武兎さんは大きく肩を落とした。
海賊王への道
「まァなんだ。俺たちは同じ上司(バカ)に振り回される苦労人ってこった」
「そうみたいですね…」
阿武兎さんと私はお互い顔を見合わせると、浮かんできた団長の飄々とした顔に向かって大きく溜め息を吐いた。