「…伊東くん?」


そんな風に気にくわないと態度に出して彼女に接していたのに、何故か彼女はやけに僕に構ってきた。
なかなか文化祭の準備が進まず、一人で放課後に居残っていた今日も例外ではなく、皆が帰ってガランとした教室で彼女に声を掛けられた。

こんなにあからさまに敵意を向けてくる相手にたった一人で会いに来るなんて、やっぱり彼女は相当の馬鹿だ。


「…何か用かい?」

「忙しいみたいだから、手伝えることないかなって思って、その…」


冷たくあしらっても諦めずに何かを差し出してくる。これは無視するよりも相手をして早々に立ち去ってもらうほうが得策のようだ。
そう考えて、差し出されたものを受け取る。それは1冊のノートだった。


「演目決まってないよね?その、脚本というか、ちょっとしたお話を書いてみたの」


意外だ。そんな才能があるようには見えなかった。
しかしそんなことは口にせず、とりあえず目を通していく。


「ッ、これは…!」


思わず、声が出てしまった。これは、あの有名な、僕の大嫌いな童話だ。


「一応、私は伊東くんをイメージして作ったの」


彼女は何を勘違いしたのか、少し照れくさそうな表情でそう言ってのけた。それを聞いて、僕の頭の中で何かがぷつんと切れた。


「ふざけるなっ!」


バシン!とノートを床に叩き付ける。怒りで頭が沸騰しそうだ。


「こんな…!こんなもののモチーフが僕だと!?君は僕を馬鹿にしているのか?それとも、可哀想だと見下してるのか?」

「違っ…!」


言葉を発しかけた彼女を遮るように、床に叩き付けたノートをぐしゃりと踏みつけた。


「あ…!」

「こんなもの、二度と持ってくるな。僕にもう関わるな」


感情的にそれだけ言い捨てると、悲しげな表情をしている彼女を残して僕は教室を立ち去った。



あんな話も彼女も、大嫌いだ。