いいことはしてみるものだ。学校帰りに雨の中震える小さな子猫に傘をやってしまって、仕方なく雨宿りをしているとクラスメートの舞が来た。
舞は転校生にも関わらず、その分け隔てない優しさと端正な顔立ちであっという間にクラスの人気者になった。取り立てて接点もなかった俺でさえ、彼女には好意を抱いていた。
そんな彼女と、俺は今なんやかんやで相合い傘というものをしている。
自分から提案するのはなかなか恥ずかしかったが、実際にしてみると恥ずかしさは倍増した。


「綺麗な髪だね」

「そうか?」


緊張してつい返事も素っ気なくなる。


「うん、先生がヅラって言っちゃうのも分かる気がする」

「ヅラじゃない桂だ」


歩きながら話す度に2人の距離が近い傘の中では肩が触れ合ったり、ふんわりと舞のいい香りがして、余計ドキドキしてしまう。お、落ち着くんだ俺。平常心を保つのだ。


「ふふ、分かってるよ」


彼女のふわりとした笑顔に胸が高鳴ったのは、気のせいだろうか。こんな他愛ない話ばかりしかしていないのに、俺にはとても大切な時間に思えた。


「なんか、送ってもらったみたいになっちゃってごめんね?」


結局俺たちは舞の家に着くまでずっと相合い傘をしていた。送るくらいどうということはないのに、舞は申し訳なさそうな顔で俺に謝る。


「気にするな。俺の家もそう遠くはないからな」


本当に大した距離もないためそう告げれば、舞は安心したように笑った。
可愛い、な。
そのまま玄関へパッと駆け込み、顔だけ出して悪戯っぽく笑う。


「それ、明日返してくれればいいから」


先ほどと同じ言葉に、今度は壊れてないな等とは言わず、簡単に礼を述べるだけにしておいた。

「また明日」と言った俺に彼女も小さく「また、明日」と返してくれた気がして、俺は梅雨に似合わないウキウキとした気分で彼女から借りた淡い水色の傘を握りしめ、家路に着いた。