「だから、勝手に仲良くさせてもらいます」 そう言ってにっこり笑ったなまえとか言う女を見て、猿飛はうんざりだという顔をしていた。 不思議な女だ。重ねている手は震えているし、顔色だって良くない。それなのに瞳と声だけがやたらと力強くて、視線だけであの猿飛を動揺させている。未来だと説明されたこの場所も意味の分からないことが多いが、一番分からないのはこの女なのではないかと思う。その証拠が、政宗様だ。 「…小十郎」 「は。如何致しましたか」 先程まで静かに立って居られた政宗様はあの女から視線を外すとその場にどかりと腰を下ろされた。俺もそれに従い静かに畳の上に座る。 「お前もアイツらの話しは聞いてただろ?」 「ええ、まあ…」 「なら、俺の言いたいことは分かるな?」 いつもと同じやり取り。目線だけで交わせる会話。しかし、今回ばかりは俺には理解できないことばかりだ。 「…あの者に危害は加えません」 「OK、that's right。それでいい」 読み取った言葉を返せば、政宗様は上機嫌で頷く。一体、あの女の何処に政宗様をこのようにしてしまう要素があったというのか。 「あ、政宗!…と、か、片倉さん」 「OH、どうしたなまえ」 向こうの話しは終わったのか、なまえがこちらにやって来た。政宗様を呼び捨てにしたなまえをギロリと睨み付けると、びくりと肩を揺らして俺の名前を呼ぶ。 「え、と…あの、片倉さん、さっきはありがとうございました」 「…何の話だ」 「おい、小十郎」 自分でも低い声が出てしまったと思っていたら案の定、女はまた肩を跳ねさせて政宗様から注意される。……面倒な女だ。 「さっき、苦しかった時に助けてくださってありがとうございました。政宗も、本当にありがとう」 それでもやはり、体は震えたままでも女はにこりと微笑んで俺と政宗様に礼を言った。苦しかった時、というのはどうやら俺がこのりびんぐとやらにコイツを運んできた時のことらしい。苦しそうに呼吸していた女を思い出す。 「Don't mind。もう大丈夫なのか?」 「うん。ちょっと…トラウマを思い出しただけ」 そう言って笑うなまえの表情が、いつかの梵天丸様と重なる。ああ、だからさっきアイツを運ぶ時俺はあんな行動をとったのか? 「虎馬?なんと!強そうな名前の馬で御座るな」 先程まで向こうで話していた真田がずいと体を乗り出して此方の会話に入ってきた。猿飛の姿は見えない。今頃偵察にでも行っているのだろう。 「あはは、馬の名前じゃないよ」 「む、そうなので御座るか?」 「じゃあなんなんだ?」 「えっと、なんて言ったらいいのかな…簡単に言うと、心の傷のことかな」 その言葉に、政宗様の指がぴくりと動いたのが分かった。 「心の傷…?」 「うーん、なんていうか、小さい頃の怖い思い出みたいなもの。それを思い出すと、息ができなくなっちゃって」 心配かけてごめんね、と笑うなまえ。その横顔を政宗様は複雑な表情で見ている。政宗様はきっと今、ご自身のとらうまを思い出している。 「…だから、政宗が落ち着かせてくれたのが本当に助かったの。それに、すごく嬉しかった」 「なまえ…」 柔らかい笑顔で、政宗様に礼を言うなまえ。そのままなまえを見ているとパチリと目が合った。 「片倉さんも、本当にありがとうございました」 「…さっきも言ったが、お前の為じゃない」 「それでも、ありがとうございました」 ふわりふわりと笑う顔はなんと例えればいいのか分からない。ただ、それを向けられると何故か心が温かくなると思った。 「小十郎、今度から俺たちはコイツに世話になる身だ。わかってんな?」 政宗様にそう言われ、やっと今までの自分の態度は失礼だったと気付く。 「…失礼致した、なまえ殿。主君共々しばらく世話になる」 「え、ええ!ちょ、あの、片倉さ、」 「小十郎とお呼びくだされ」 突然頭を下げた俺に戸惑っているなまえ殿。まあ、俺も不本意ではあるが仕方がないのだ。 「あの、すみません。私年上の方を呼び捨てには出来ないので…小十郎さん、とお呼びしてもいいでしょうか?」 「構いませぬ。それと、敬語もお止めください」 「えええー…」 本当に困ったという表情でなまえは政宗様を見つめるが政宗様はおかしそうに笑いながら見ているだけだ。全く、あの御方はいつもこうだ。 そうこうしている内に何か思い付いたのか、なまえ殿が口を開いた。 「なら、小十郎さんも敬語を止めて私を呼び捨てにしてください」 「…しかし、」 「じゃないと私もしませんよ!どっちもじゃなきゃずるいです」 そう言って少し頬を膨らますなまえ殿…いや、なまえに溜め息を吐く。 「仕方ねぇな。言っておくが俺は口が悪いぞ」 「でも、私はそっちのほうが小十郎さんらしくて好きだから」 にっこりと笑うなまえに再び溜め息。確かに猿飛の気持ちがわからんでもないな。 |