「アンタの名前は?」

「みょうじなまえです」

「へぇ、姓があるんだ?てことはどっかのお姫様?」

「いえ、今の時代は誰でも姓があるんです」

「ふ〜ん、嫌な時代」

「佐助!!」

「別になまえちゃんを悪く言ったわけじゃないでしょ」


俺様の質問に丁寧に答える目の前の女の子。一見したら普通の女の子なんだけど、疑うのがお仕事の俺様からしてみればどこからどう見ても怪しい人物だ。しかも、女子が苦手なあの旦那がこれほどまでに思い入れてるなんてよっぽどのことだ。…あーあ、面倒くさいから消しちゃいたいんだけど。


「兎に角、今の俺様たちには行く宛もなければ帰る方法もわかんないってわけね」

「…ああ。なまえ殿はそんな某たちをこの屋敷に置いてくださるそうだ」

「へぇ、随分と人がいいんだね。ていうか、収入はあんの?」

「…Hey猿、その辺にしとけよ」


旦那が口を開く前に、竜の旦那が会話に入ってきた。一見冷静さを保っているようにも見えるが、その実声には怒気が含まれている。…こりゃ、竜の旦那も相当入れ込んじゃってるねぇ。


「はいはい、でも正直養ってもらう身としてはその辺心配でしょ?旦那も竜の旦那も早速変な着物与えてもらってるし」

「政宗様、それは…」

「Don't worry小十郎。これが未来の服だ」

「しかし…」


右目の旦那は顔をしかめたまま竜の旦那の服を見ている。あんな軽そうな布では何も着けてないに等しい。こんな訳のわからない場所にきてあんな軽装で居ることが心配なのだろう。俺様だって心配でないと言えば嘘になるけど、正直真田の旦那はいつも軽装だからあんまり変わらない気もする。


「今の世は平和なのだそうだ」


俺様の視線から言いたいことを読み取ったらしい旦那がゆっくりと口を開く。


「今の世は、戦などない。武器を持つ者も居らぬ。皆に姓があり、皆が笑って暮らしている」

「だからって、絶対安全だなんて言い切れないでしょ」

「安全だ」


きっぱりと、真剣な瞳のまま旦那が言い切る。戦場に出陣する前の旦那みたいだ。


「なまえ殿が某たちに危害を加えることは絶対にない。この屋敷は、某たちにとって唯一の絶対安全な場所なのだ」

「幸村…」


旦那の言葉に反応して、なまえちゃんが小さく旦那の名前を呼ぶ。旦那は振り向いてなまえちゃんのほうを見ると、とても柔らかい笑みを浮かべた。……嘘だろ?


「なまえ殿、礼を言うのは此方でござる。某たちを置いてくださる上に、衣食までこのように与えて下さるその優しさ。某感服致しました」

「いえ、そんな…!」

「つきましては、この屋敷に住まわせて頂く間はなまえ殿の為に存分に腕を振るう所存。何でもお申し付けくだされ」

「旦那…!」

「えええ!?ちょ、頭あげて幸村!」


信じらんない。あの旦那が、お館様命の旦那が、此方に居る間とは言えあんな小娘に従うなんて。しかも、いつものように突っ走って決めたわけじゃない。家臣たちに話すときのような、穏やかで気品のある口調で、彼女に誓いを立てたのだ。
隣に居た竜の旦那でさえぽかんとした表情で旦那を見ている。そりゃそうか、アンタは旦那のことを芯からの熱血漢としか思ってなかったしね。


「…旦那、本気なの?」

「ああ。俺は本気だ」


ゆっくりと顔を上げた旦那の表情は真剣そのもので、一人称が俺になっていることから本当に旦那が本心から言っていることがわかる。


「佐助。お主に某の見方を押し付けるつもりはない。だから、疑いたいなら疑えばいい。俺は止めぬ」

「へぇ、いいんだ」

「ああ。しかし、なまえ殿に危害を加えるような真似はこの幸村が許さぬ。お主自身がなまえ殿と接して、見極めればよい」


ギラギラと静かに輝く瞳の奥には覚悟が読み取れた。俺様がこの子に危害を加えたら、旦那はきっと俺様にすら容赦しないだろう。
深い深い溜め息を吐く。どうしてこんなことになってしまったのか。旦那を探して違う世界とやらに飛ばされて、明らかに怪しい子に旦那は熱を上げてる。…悪い夢なら覚めて欲しいけど、どうやらこれは現実らしい。


「…わかったよ。危害は加えない」


渋々頷くと旦那は嬉しそうにうむ、と頷いた。なまえちゃんも嬉しそうに此方を見てくる。
…なんでか分からないけど、彼女に見られると苛々する。いや、彼女に微笑みかけられると苛つくのかも知れない。二度と笑顔なんて浮かべられないように、悲しみと絶望でめちゃくちゃにしてやりたくなる。


「でも、仲良くはできないよ。俺様なまえちゃんのこと嫌いだし」


自分でも思ったより冷たい声が出た。あーあ、俺様忍びなのに感情表に出しちゃってどうすんの。


「っ…!」

「佐助!!」

「危害は加えてないでしょ。これくらい許してよね旦那」


旦那は何処か納得がいかない顔で俺様を睨み付けてるけど、そんなの知らん振り。俺様は旦那だけを守れればいい。それが仕事なんだからね。
ちらりとなまえちゃんを見れば、また最初みたいな青い顔をして軽く震えてる。なんて脆そうで弱い人間なんだろう。


「猿飛さん」


そんな風に思ってたから、突然凛とした声で名前を呼ばれた時誰が声を発したのか一瞬わからなかった。


「あなたは私のことが嫌いかもしれませんが、」


声は間違いなく目の前の震えている女の子から発せられている。声だけやけに力強くて、真っ直ぐに俺様の耳に入ってくる。


「私はあなたのこと、嫌いじゃありません」


真っ直ぐな瞳と視線がぶつかる。確かに怯えてるはずなのに、強く何かを訴えかけるような視線。


「…だからなに?」


無理矢理絞り出した声は普通に聞こえただろうか?なんで俺様はこんな虫も殺したことないような女の子に動揺してんの?


「だから、勝手に仲良くさせてもらいます」


そう言ってにっこりと笑うなまえちゃんに、目眩がした。

俺様、本気でこの子のこと大っ嫌い。