家に着いた途端、政宗と幸村が突然険しい顔をして私の手を引いた。


「え、どうしたの2人とも?」

「shit、誰か居やがるぜ」


政宗が苛立たしげに舌打ちを溢す。どうやら、家の中に侵入者が居るらしい。私が窓を開けて行ったから…?


「なまえ殿は下がっておられよ」

「う、うん」


不安に駆られていると幸村が大丈夫だとでも言うようにそっと私の肩に手を置いて前に進み出てくれた。政宗も同じように私の前に進み出る。
現代の服を着ていても纏う雰囲気は戦国武将のままで、2人の背中はとても頼れる気がした。

ゆっくりと玄関の扉を開き中に入ると、2人は私に玄関で待つように言ってからリビングへと向かう。私はただ息を殺して2人を見守っていた。
扉に手をかけた瞬間、政宗が首を傾げる。


「AH?この気配は…」

「政宗様!」

「小十郎!?」


扉を開けた途端飛び出してきたのは、彼の右目の片倉小十郎だった。厳つい顔が生で見ると更に怖い。それでも強盗などの類いじゃなかったことに安心していると、不意に幸村が此方を向いて叫んだ。


「止めろ佐助!」

「何言ってんの旦那、原因はこの子なんでしょ?」


すぐ真後ろから聞こえてきた声に背筋がぞくりと震える。…全く気付かなかった。振り向こうとすれば首筋に微かな痛みが走る。


「おっと、動かないでよねー死にたくなかったら」


目線だけチラリと後ろにやれば、貼り付けた笑顔で私にクナイを突き付けるオレンジ頭の忍が立っていました。なんでこんな状況ばっかり…!


「猿、止めとけ」

「佐助!!」


政宗の制止を遮って、幸村が今まで見たことがないほど恐い顔をして怒号を飛ばす。私が言われているわけでもないのに、自然と体が震えた。


「あーはいはい分かったから。この子も怯えちゃってるよ?」


佐助はスッと私からクナイを下げると一言私に囁いてから一瞬で幸村の後ろに付いた。


「なまえ殿!」

「なまえ!大丈夫か?」


2人が私に駆け寄って来てくれる。その後ろで、佐助と小十郎さんの冷たい目が私に向けられていた。

お前は何者だ。どうやって主君を唆した。

そう言われているようで思わず自分の体を自分で抱き締める。

怖い。あの視線も、見定めるような目も、あの時の親戚たちにそっくりだから。


「なまえ殿…?」


自然と体が震える。幸村の心配そうな声が聞こえるのに、喉が張り付いてしまったように声が出ない。大丈夫だよって、心配しないでって言わなきゃ。体が思うように動かせない。苦しい、苦しい。誰か、助け、て。


「大丈夫だ。Be calm」


ふわりと体が暖かいものに包まれて、優しく頭を撫でられる。柔らかい声に合わせるように呼吸を繰り返せば、自然と体の震えは治まった。


「…落ち着いたか?」

「ま、…さ、むね」


顔を上げれば、政宗が優しい顔で私の頭を撫でてくれていた。その隣では幸村がとても悲痛な顔をしている。どうしたの?どこか痛いの?


「…とりあえず、livingに移動だ。詳しい説明はそこでする。いいな」

「はっ。政宗様、その者はこの小十郎めが運びまする」

「…OK、任せたぜ小十郎」


私がぼんやり幸村を見ている間に話は進んだらしく、いきなり体がふわりと浮いた。


「ぎゃああっ!」

「喧しい。静かにしてろ」


渋みのある声の持ち主は小十郎さんで、何故だか私は小十郎さんに抱き上げられていた。


「っ…!す、すみません」


さっきの冷たい視線を思い出して、思わずまた体が震え出す。息苦しい。縮こまって下を向いて苦しさを抑えていると、不意に誰かが私の背中を叩いてくれた。優しく背中を叩くリズムがやけに気持ちを落ち着かせてくれて、息苦しさをなくしてくれる。


「落ち着いたか」

「っ!?」


てっきり手の主は政宗か幸村かと思っていたら、どうやら小十郎さんだったらしい。また息が詰まりかけたが、再び小十郎さんが背中を叩いてくれることでなんとか息苦しさは消えた。


「す、みません。ありがとうございます…」

「勘違いすんじゃねぇぞ。お前の為じゃねぇ。政宗様の為だ」


小十郎さんは決して私を見ないようにしながらそう言うと、リビングに着いた途端私を下ろした。





「で?竜の旦那も旦那も、そんなお伽噺を信じてるってわけ?」

「お伽噺なんかじゃねぇよ。お前も周りを見りゃわかんだろ。ここは未来だ」


あれから、私の代わりに政宗が2人に大まかな説明をしてくれた。ここは未来で、彼らも原因はわからない、今のところ帰る方法もないということ。それでもやっぱり、いきなりそんなことを言われて信じろというほうが無理なのかもしれない。


「確かに、ここにあるものは俺様でも見たことないものばっかりだけど」


キョロキョロと辺りを見回していた佐助は私に視線を戻すとにっこりと笑った。


「こんな胡散臭い子を信じる気にはなんないね」


言葉が、胸に突き刺さる。ここまで正面から拒絶されたのは初めてだ。


「いい加減にしろ佐助!」


幸村が、幸村じゃないみたいに怒ってる。これも私のせいなのかと思ったら胸が痛んだ。


「いい加減にするのは旦那のほうでしょ。簡単に人を信じるなって何度言ったら分かるの?それに、疑うのが俺様のお仕事なわけ。分かってる?」

「分かりました」


突然口を開いた私に驚いたのか、4人ともがこちらを向く。


「…アンタに言ったわけじゃないよ。余計な口挟まないで」

「余計かもしれませんけど、私が貴方に言っておきたいんです」


冷たい視線を向けられて体が震えそうになったけど、奥歯を噛み締めてぐっと堪える。ここで私がめげちゃダメだ。


「私を疑うのは一向に構いませんし、信じたくないなら信じなくてもいいです」


私の言葉に、4人がぽかんとする。特に佐助は「何言ってんのコイツ」みたいな顔をしていた。笑ってしまいそうになるのを堪えて言葉を続ける。


「ただ、幸村を疑ったり、信じなかったりするのはお門違いです。自分の主なんですから、ちゃんと信じてあげてください」

「…それは、遠回しに自分の言ってることを信じろって言ってるようにしか聞こえないんだけど」

「とんでもない。私は幸村が私を信じてくれてる分、貴方が私を疑ってくれたらいいって言ってるんです」


言い切る私に、余計に不機嫌になる佐助。きっと綺麗事にしか聞こえないだろうということは分かってる。でも、私は幸村と佐助の仲のいい姿が見たいから。いつもの2人を見たいから。


「これは私の我が侭だって分かってますけど、お願いします」

「なまえ殿…」


幸村がぽかんとしたまま此方を向く。私はそんな幸村に向かって笑った。


「幸村、信じてくれてありがとう」


なんの疑いもなく、無条件で私を信じてくれたのは幸村だけだった。それがどんなに嬉しかったか、きっと幸村にはわからないだろうけど。確かに私はあの時幸村に救われたんだ。


「…佐助、」

「はいはい、分かりましたよっと」


幸村に再度名前を呼ばれた佐助はヒラヒラと手を振ると了解の意を示した。私もほっと息を吐く。途端に、いつの間にか目の前に佐助が来ていた。


「ただ、俺様アンタのこと大っ嫌いだから」


ぼそりと呟かれた言葉に、これからの生活の大変さを見た気がした。