うたを歌い始めたのはいつからだろうか。幼い記憶を辿ってもけして答えは出ない。父のピアノに母の歌声。音楽好きの暖かい両親。俺は赤ん坊の頃からそれで育った。
男が好きだと気付いたのは中学二年生。これははっきり覚えている。親友だった人にそれ以上の感情を抱いてしまった。もっと一緒にいたい。もっと触れたい。その気持ちでいっぱいになり爆発した。答えは勿論ノーだった。そもそも彼は、ノンケだとは思っていたけれど、それが原因で疎遠になってしまったのは残念だった。だから告白したその日、うたを歌った。
後日談ではあるが、優しい彼は俺かゲイだとは誰にも話さなかったようで、俺は無事に卒業出来、中学時代の友人にもバレずに暮らせている。
卒業して、高校生になっていつの間にか、また好きな人が出来た。もちろん男だ。どうやら男にしか興味がわかないらしい。そんな頃もまた、うたを歌った。
そしたら今は俺のうたを隣で聴いてくれる人が出来た。今は、一応うたでご飯を食べさせて貰っている程になっていた。
「もしかして、ゲイ?」
突然の言葉に口に含んでいた酒を吹きそうになるのを堪えた。心臓が飛び出るかと思った。ジワリと体中に汗が滲む。きゅ、急になんだよ、
俺がゲイだと知っているのは、3人だけだ。マリコとユリナと先生だけ。質問してきた男は、その3人とは違うけれど、マリコ繋がりの友人だった。
まさかマリコが?彼女は口が堅いし、そんな訳ないよな。
「…どうして?」
「歌詞がそんな気がして。」
歌詞?そうだろうか。いまどき、どんな歌詞を書いていても不信に思われない時代だ。俺の歌詞だって「女の子目線」で通してある。いや、まあ、そういう歌詞なんだけど。
「え、そうかな。それに、なんでそんなこと聞くの?」
「それは、…」
「『それは』?」
なに?
「…だったらいいなと思って」
え?
「は?」
「いや、今の無し!今の忘れて!何でもないっ」
目の前であたふたされても困る。な、なに?
「ちょっ!」
目の前の腕を掴む。俺よりガッチリとしてしなやかな腕。それを俺よりも強い力で振りほどかれた。目を見開いたのは、俺だけじゃない。
「ごめん、俺疲れてるのかも」
いやいやいや。疲れたら、そういうこと言うわけ?お酒は飲んでるけれど。
「ねえ」
「…、」
これってもしかして期待していいのかな?手の込んだドッキリだったら死にたい。
だって俺だってコイツがゲイならいいなと思っている。
「今のほんと?」
「だからっ」
「俺でいいの?」
「なっ…お前がいいの。」
胸が高鳴る。うそ?ほんとに?飛び上がりたい気持ちを抑えてポーカーフェイスで通した。視線を逸らす。
「ふーん」
「…ごめん」
視線の位置変更。ぐいっと顎を上げた。目が合う。ドキンドキン。
「謝る、こと?」
「同性からの告白なんて嫌だろ?」
ドキンドキン、ドキン。
「…嫌じゃなかったら?」
「うたが聴きたい。」
ああ、そっか。そういうことか。震える唇を一度三日月にして、ゆっくり口を開く。
「いいよ。とびきりのラブソングでいいよね?両思いのうたなんだけど」
「もちろん」
やっぱりうたしかないのかもしれない。コイツと暮らして3年になった。たまには喧嘩もするけれど、大好きだよ。
END