「ほら、またした!」
急に声が伸びてきて、俺を捕まえた。
「……は?」
股下?また、した?あ、俺がなにをしたってことか。…え?
怪訝なのが顔に出ていたのか、彼はすぐに新しい言葉を話した。
「ボフってしたでしょ!」
「…す、すいません江崎さん。何のお話か俺には理解出来ないんですが」
彼の意味不明さには慣れていたつもりだったが、俺はまだまだだったようだ。
江崎さんは拗ねた様に唇を尖らせ、大きめの眼鏡をかけ直した。中年に突入しそうな年代の大人がそんなことしたって、ひとつも可愛くない。
少しして江崎さんは軽く責める口調で続けた。
「だからちーちゃんはいつも「ボフっ」てするの!今みたいに」
「はい?」
またこの人、ちーちゃんって言ったな。っていうかさっきの話って。
「…ああ、布団の話スか」
「なにその顔!」
「い、いえ」
僕は真剣なんだよ、と彼は怒っていた。何がですか。めんどくさい。布団はこんなにフカフカなのに、もう。それに、布団に「ボフっ」ってするから何なんだ? 俺はベッドの上で肘を着きながら、彼の方を見た。すると、へんてこなべっ甲眼鏡と目が合った。
「ちーちゃんは僕がキライ?」
はい、出ました。脈絡無視。俺はもう慣れっこですよ。
あと、捨てられた子犬みたいな目をして呟くのは反則だと思うんですが。
「あの、江崎さんが嫌いなら貴方のベッドで寝転んだりしないです」
「はっきり言うね」
当たり前だろ。嬉しがるな、ばか。
「言って欲しいのでしょ?」
「…」
…あ。今のは余分だった。この人は本当に判りやすいな。
「ちーちゃんはスキ?」
「何がですか?」
「ボフっ」てすることがか?
「僕のこと、好き?」
「…それ、ずるくないですか」
「聞いてるのは僕。」
すると、彼の整った口角がニヤリと歪んだ。こんなときだけ、その顔はずるい。大人なフリして、俺を振り回す。
いつもそうだ。今こうしてベッドにいることが当たり前なのも、そもそもは彼の思い付きと身勝手な行動のせい。
俺はこの人に振り回されている。
「……ガキ、」
「聞こえた!またそういうこと言う!」
「知りません」
「うわーいけないんだー先生の言うこと聞けない助手だって言ってやるぞー」
「言えばいいでしょ」
助手にだって発言の自由はあるし、俺は先生のものじゃない。
「何でちーちゃんはそうなの?僕はちーちゃん好きなのに」
「…ばか教授。」
さらっとそんなこと言うな。
「ちーちゃんこっちおいで」
ああ、本当にこの人は。
ずるい。
END