「…いたかった」
閉店前のタイムセールで賑わう店内に俺の小さな声が漏れた。今日は寒いから鍋だと、孝之が言うのはこの一週間で何回目だかわからない。
孝之が持つカゴの中の水菜や葱と目が合う。俯く俺に優しくない孝之の声が降った。
「だから途中でやめたじゃん」
「痛かった。」
そもそも痛いから止めるのは当たり前だろ。それを「してやった」みたいに言うな。俺は腰を摩りながら同じ言葉ばかり呟く。
「痛かったんだからな」
同じ家に住む様になるまで「しよう」なんて言わなかったのは何も思わなかった。まあ、処理ぐらいは手伝ってたし。男同士なんてこんなもんかなと思ってた。
でも最近、急に「しよう」と言い出し、昨日の夜に初トライした。
見事失敗に終わったけど。でもまあ、血は出なかっただけましか。
まあ、血なんか出たらボコッてるけどな。
「あーうるさいなー」
値下げシールの着いた豚肉を手に取ったとき、そんな声が聞こえた。なんだよ、それ。
「うるさいって何さ!お前はいいかもしれないけど、こっちはすげー負担あるんだかっ…むぐ!」
「こえ。声デカイって、」
孝之が驚いたように俺の口を押さえた。「そう言うのは家で聞くから」と、宥めるようなその言葉に苛立った。俺を無視してカゴの中身に満足した孝之はレジに向かう。俺ははぐれない様にピタリと張り付いた。
…レジの女子高生に優しく笑いかけたりするな、馬鹿。
孝之は財布を片付け黙々とレジ袋に詰めると、お揃いで買った手袋を嵌め、スーパーを出た。
あいつがこっちを見ずに外に出たからタイミングがズレて、孝之を追いかける羽目になった。認めたくはないが、追いつく為に掛かった時間が足の長さの違いを思い知る証拠の様でまた腹が立った。
歩幅を合わせると白い息が漏れた。
「わかってるわけ?」
「…わかってるよ」
「うそだ!わかってない!」
手ぶらの俺は空いている手で孝之の肩を殴った。
「痛い。なに、その決め付け」
「だってだって、だって…」
どうでも良さそうな顔するから、なんだか不安で。
やっぱり女の子のがいいのかななんて嫌な事ばっか頭んなか過ぎるし。
「あー泣くなよ」
「うるっ、さ…い」
孝之は道の端で立ち止まり、レジ袋を持っていない方の手で俺の頭を優しく撫でた。うるさい。泣きたくて泣いてるわけじゃないんだ。
「今度はもっと優しくするから。な?」
「…当たり前だっ」
それからあいつが俺のために友達に電話をかけまくって相談してたのを知るのは成功した日の翌日。
END