もしこの出来事を“好きだから”で片付けるには自身があまりにも愚かだった。引き止めるまでは良かった。気が付けば、手を伸ばして抱きしめて口付けて押し倒してしまっていた。相手は驚いて目を開いたまま泣いていた。
「…なんで?」
渇いた俺の部屋の玄関に、か細い声が小さく響く。俺はいったい何をしているんだ?
「いや、これは」
「どうしてそういうことするんですか」
「えっと、…退きます。」
居た堪れなくて、つい敬語になってしまった。すると、グイッとシャツの両端を持たれて立てなくなった。下と目が合う。
「もう一度、して」
「……え?」
涙目で見つめられたらもう駄目だ。ゴクリ、と本能のままに生唾を飲み込む。無理だ。可愛すぎる。
するりとタイミング良く首に腕を回される。それからスローモーションのようにぽってりとした唇が俺の荒れ気味の唇と重なった。柔らかい。
「…ん、ふ…っ」
「ぁん……んふぁ、…」
俺はその口を丹念に味わっていたが、激し過ぎたのか相手の苦しそうな姿に気が付いて急いで離れた。荒々しく呼吸を繰り返し、ピンク色の頬が色っぽい。
「すまん、!」
起き上がって、彼の横にへたり込んだ。彼を見ると仰向けになったまま動かず、新しい涙を流していた。
「…どうして?」
「え」
「俺が好きなの?」
「それは、」
目を泳がせながら、思わず口ごもる。俺がそんな姿のせいか横で苦笑が聞こえた。
「好きでもないのに出来るんだ。大人は違いますね」
「森田、俺は」
自虐的な姿に心が痛んだ。想いの全てを吐き出そうと、彼の腕を掴んだ。
「離して下さい、先生。」
静かなその言葉で俺は喉まで出かけた言葉を噤んだ。そうだ。俺はコイツの先生だ。国から給料を貰う聖職者なんだ。間違いなんて許されない。前途有望な生徒を正しい道に進ませるのが教師の役目。
細い腕を掴んでいたその手は行き場を無くして宙に浮き、軽く放心状態になってしまった。
俺は何をしているんだ。
「…帰ります」
彼はカーディガンの裾で涙を拭きながら、起き上がった。グレーの袖はダークグレーに変わっていた。彼の目が赤くて、心が苦しくなった。
「森田」
「キスまでしてくれてありがとうございました。明日からは辛いので、僕に話し掛けないで下さい」
それだけ言い残すと、森田はドアを開けて外へ出た。
追いかけることも出来ず玄関で立ちすくんでいた。開くことのないドアを見つめた後、キスした時の彼の顔を思い出して左手で唇を触ると、色っぽい顔が出て来たのと同時に自身が軽く勃起していることに気が付いた。
「何やってんだよ、俺。」
独りになった薄暗い部屋で、明日なんて遠い過去の幸福に似た言葉だと俺は思った。
END