花が散るまで

「すまない」

それは優しくて残酷な言葉。

「い、いえ。聡さんは悪くないです。僕が、僕が…」

 重量に従って下に落ちるソレは塩化ナトリウムと水と混ざった液体。

「泣かないでくれ。君は素敵だが、俺は。妻や娘を裏切れないんだ。」
「良いんですよ。聡さんはこんな俺に優しくしてくれて、幸せでした。」

 どうしよう。さっきから涙が止まらない。この人が好きだ。それは変えられない事実。聡さんには美人の奥さんも可愛い娘のあさみちゃんだっている。分かってる。

 僕が馬鹿なんだ。


「陸くん、」
「やめてください先生。貴方が悲しむことなんてありません」
 幼い頃から通った病院。聡先生はいつも優しくて大人で。シルバーフレームの眼鏡がすごく似合っていて。優しく微笑むと目尻が下がる姿さえ格好良くて。そんな彼が憧れだった。


「聡さん、好き」
「うん」
「大好きなんです」
「うん」
「ありがとう」

そっと先生を抱きしめた。離れたくないなんて言わない。それはちっぽけなプライドだった。

「さよなら、お元気で」
「陸くんも頑張るんだよ」
「あははっ、成功率30%で何を頑張れと」

「陸くん」

「もう行きます」

 黒のボストンバッグが重い。一方的ではあるけど、愛した人との別れ。異国での移植手術。低成功率。本当は全部嫌だ。アメリカなんて遠すぎる。怖いんだ、何もかもが。だって、死ぬかもしれない。でも、聡さんは嘘でも「愛してる」なんて言わない。僕を対等に見てくれる。そんなところも好きだ。

 こんな告白をした男の僕に嫌悪感ひとつ見せず優しく頭を撫でてくれた。優しい人。そのせいでこんなにも苦しい。


「待って陸くん」
「?」


「元気になって、はやく帰っておいで」


 そう微笑む貴方が死ぬほど愛しい。



END


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