毎日、慌ただしく働き回る生活。
今が冬なのか夏なのか判らない白い空間。気が着けば娘も中学生になり、妻も新しい命を身篭り、月日が流れていた。
「…はあ。」
ため息を吐いた。彼はどうしているだろうか。四六時中患者のことばかり考えているが、これ程までに固執した患者で彼以上はいない。
私が好きだと言った、上杉陸という少年。今でも別れの笑顔が忘れられない。気持ちに応えられない私に「ありがとう」と微笑む彼が美しいと思った。聖母の様な優しさを持つ少年はどうなっただろうか。いくら待っても手術が失敗したと言う連絡は来なかったが。
あれから5年、いや6年が過ぎようとしていた。
トゥルルトゥルル。規律正しい電子音。その音で我にかえった。もしもしと言う前に『すいません、島です』と言ったのは婦長の島さんだった。
ふくよかでこざっぱりとした女性で私よりも年上だしナースからの信頼も厚い。
『あの先生、今よろしいですか?』
「はい、何か?」
『特別国際センターから新しい先生いらっしゃいまして、高橋先生にご挨拶にと、』「ああ、ありがとう。通してくれ」
『わかりました』
−プツ。用件を済ますと切れてしまった。ダラダラとしないところも彼女の見習うべきところだ。
「(そうか、今日だったか。)」
特別国際センターとはアメリカの医療機関で、主に移植手術の革新を目指して取り組んでいる。そんな最先端医療の医師が日本の病院の視察も兼ねて来るとあって病院が少しざわめいていたのは確かだ。
一体どんな人だろうか。 私も新しい医者に興味があった。噂ではセンター内で最年少医師だと聞いた。歳が近ければ仲良くなりやすいだろうか。親父の後を継いだとはいえ、自分で選んだ道。医療の革新に興味がないわけがない。
するとノックの音が響いた。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
(───え?)
呼吸が止まった。そのまま心臓が停まるかとも思った。え?まさか。
「OS国際センターから来ました上杉陸です。よろしくお願いいたします」
「り…」
まさか、まさか。
「り…りくくん?」
その青年は微笑んだ。
「はい。聡さんただいま」