先生たちの部屋を通り過ぎたときに、聡さんに呼び止められた。
大きな体で僕の名を小さく呼び、手招きをしている。なんだろ?
何も言われてないのに僕の胸は不思議な期待感で高鳴っていた。
「どうかしました?」
「いや、ちょっとね。あ、扉閉めてくれるかな」
「はい、?なんですか?」
「はい、コレ。」
木製の扉が閉まる音と共に渡された小箱。二人きりの密室。微笑む聡さん。
ああ、かっこいい。じゃなくて、…えっなに?
「これは、?」
「陸くん、くれただろ」
「…?」
「のど飴。だからお返し。」
そう言って小さな箱を僕に手渡した。緊張で頬がほてる。
よくわからない。期待感が脳内の理解不能サインと共に萎み、疑問が膨らんだ。
…のど飴?なんのことだろうか。
「あれ?忘れてる?お蔭さまで喉の痛みはひいたんだけど」
ネクタイの上をコツコツと指差し微笑んだ。色っぽい喉をじっと見つめる。喉、喉、のど?痛いから、飴、のど飴を…
「あ!」
思い出した。そういや喉が痛いっておっしゃったからあげたっけ?
たまたま患者さんから貰ってポケットに入ってたレモン味のど飴。
そうだ。飴は貰い物で忘れてたけど、小さい子供の様に喜ぶ聡さんの横顔が印象的だったな。
「思い出した?」
「は、はい」
そう答えると、無邪気な笑顔で「開けてみて」と言われたので包装用紙を破いた。中の箱を開けると、ビー玉より一回り小さなキャンディの詰め合わせだった。
わあ。カラフルなキャンディが部屋の照明に反射する。きれいだな。
「…(かわいい)」
気がついたらその甘い宝石に見入っていた。
くす、と笑い声が聞こえてハッと我に帰った。恥ずかしくて口が勝手に動く。
「み、みんなと同じお返しでしょ?」
「ん?いや、これは陸くん用。のど飴のお返しなんて家内には言えないだろ?」
固まる僕に「こっちは家内が用意してくれたけど」と朝より小さくなった紙袋を指差した。
え?
「て、ことは」
(僕だけ、特別扱い?)
「私が選んだけど?陸くんはこんなのいらないかな?」
「いっいります!嬉しいです!」
「よかった。」
「ありがとうございます」
僕は高揚感でいっぱいになり、マニュアル通りのペこりと可愛らしくないお礼の会釈をした。
それをみた聡さんはくすりと笑い、腰を屈めて僕の耳に唇を寄せた。
「えっ!さ、」
「本音を言うとチョコレートより実用的で嬉しかった。ありがとう」
急に耳元でコソリと耳打ちされ、ドキンと胸が高鳴った。
とろける様なハスキーで甘い声が脳天まで響き、骨髄まで犯された気分。
「陸くん?」
もう聡さんそんなの反則だよ。僕は大きな胸元に飛び付き、ハグをした。
「聡さんすき!」
衿元に鼻をスリスリと近付けると、ほんのり消毒液の匂いと聡さんの匂いがした。昔と変わらない匂い。安心する匂い。
それが嬉しくて抱きしめる力を強めた。
「陸くん、そーいうことをすると…」
「聡さんすきです。I love you!」
「ちょっと陸く」
「すきなの」
「もう、陸くん」
聡さんは困った顔をしながらもハグした僕に優しく頭を撫でてくれた。
どんな顔をしてこれを買ってきてくれたんだろうか。毎日お忙しい身だと言うのに。僕だけ特別だなんて。嬉しい。
もう少し好きでいよう。僕はこの人の困った笑みが大好きだ。
END
→おまけ