真っ白な廊下での出来事だった。
「あ 大きな欠伸だね」
夜勤明けの欠伸を噛み殺しきれずにいると、大きな紙袋を持つ彼に見つかった。
僕はその声に驚いて、背筋を伸ばし会釈した。
「お、おはようございます!聡さ…先生」
「はは おはよう陸くん。夜勤明けなのにご苦労様。」
そう微笑みかけてくれたのは外科の高橋聡先生。聡さんは優しくて頼れる僕の初恋の人であり、この大きな病院の次期院長だ。
ちなみにその初恋は現在進行形で未だに僕は彼に想いを寄せている。
今日もうっとりするほど素敵な白衣姿。それにしても大きな紙袋。重たそうだし、なんだろうか?
「それ、何ですか?大きな紙袋ですね」
「ん?ああ、お返しだよ。バレンタインの」
「ああ!…バレン、タイン」
そうか今日は3月14日、ホワイトデーか。日本人が好きそうな行事。僕はあんまり興味ないんだけど。
…でも、紙袋いっぱいのプレゼントはそれだけたくさんのお返しってことですか?
「陸くん?」
「…聡さんおモテになるんですね」
なんだろ、このモヤモヤ。 6年前は、爽やかなお兄さんだったのに今じゃ大人の色気が増したと言うか。離れてた分だけ素敵になってるんだもん。なんかずるいよ。
奥さんはそんな聡さんを独り占めしてるかと思うとヒステリーな声あげたくなる。
「はは。違う違う、みんな義理だよ。こんなオジサンに本命チョコなんてナースはくれやしないさ」
「そ、そんなことないですよ!聡さんは素敵です」
これは本音だ。聡さんは同僚だけでなく患者さんに好かれるほど良い男だ。男の僕も彼を好きになったぐらいだし。
「はは、そう言ってくれるのは陸くんだけだよ」
「そんなっ!」
「いや本当に。娘だって一緒に風呂に入ってくれなくなったぐらいだしさ」
娘?ああ。たしか長女のあさみちゃんはもう13歳だったろうに。
「ふふっ、あさみちゃんはもう中学生ですよ!当たり前です」
「そーいうものか」
寂しげに微笑む聡さんに見惚れてしまった。年上なのに聡さん可愛い。
「はい。残念ながら」
「なら尚更、陸くんの優しさがしみるよ」
「ふふ、」
そう言ってくれると冗談でも嬉しい。
僕は少しでも冗談でも聡さんの特別になりたいんだから。
「それに…っあ、田中くん! じゃ、またあとで。」
「ええ、また」
そうミントよりも爽やかに微笑むと、聡さんは田中と言う名の看護婦さんの方に行ってしまった。
あーあ。聡さんからプレゼントが貰えるなら自分もチョコレートあげるんだった。先月の14日は当直が一緒で浮かれてて忘れてたからなー。
「上杉先生、患者さんお見えです」
「はい、今行きます」
僕は断ち切る様に頭を振ると重たくなった足を上げ、呼ばれた方へ急いだ。
「(…はあ。片思いって虚しい。)」
やっぱりチョコレートあげたらよかったなー。そうしたら聡さんから何か貰えたのに。
そうしたらそのプレゼントを見て毎日を過ごせるのに。ああ、ますます聡さんのストーカーみたいになってきた。気持ち悪い。こんな気持ちは所詮、実ることのない片思いなのに。
そんな考えが一日中頭の中でぐるぐる回転していた。
「陸くん陸くん」
「はい?」