「はい、どうぞ。お入り下さいませ」
「丁寧さがムカつく」
「ふふ、酷いな」
亮の部屋に入るとエアコンのリモコンをとり、すぐさま暖房を入れた。俺は慣れた手つきでコートを脱ぐとソファーに雪崩れこむ。クッションも綿で出来てるから気持ちいい。
「こらアキ、子供みたい」
「うるさいなー」
振り向いて亮を見れば、レザージャケットをハンガーにかけている所だった。
緑のカーディガンにグレーのスキニー姿の亮をじっと見つめる。
「それ、俺の」
「うん、知ってる。これいいよね」
亮はにっこり微笑んだ。始めは俺の物だったはずの緑のカーディガンも、先月買ったお気に入り(だった)の黒いマフラーも亮は似合い過ぎていて返せとは言えない。
「…それ、あげる」
「アキ大好き」
その「大好き」はちっとも嬉しくない。亮に目を向ける。亮は相変わらず笑顔で面白くない。寝そべったまま、そっと右手を差し出す。
「ねぇ。あげるから、何かちょうだい」
「たかる気?」
「平等じゃないのは嫌。」
俺より稼いでいるくせに。俺が眉を歪めると、亮はそれに懐かしんで笑った。
「昔みたいなこと言うね」
「え?」
(昔って何のこと?)
言葉だけ残してキッチンに向かう亮を声で追いかける。
「昔ってなにー?」
大きな声でそう言うと、亮はひょこっと首をだしマグカップの中身を掻き混ぜながら不思議そうな目を浮かべた。
湯気が立ち上がり温かそうだ。
「あれ?覚えてない?」
「なにが?」
「俺があげたものだよ」
「なにそれ?お菓子か何か?」
俺は寝そべったまま肘をついて、手に顎を乗せる。亮がマグカップを二つ、テーブルに並べた。
「違うよ」
優しく亮は笑った。でも、どこか寂しそう。なに、その態度。気になるじゃん。
「じゃ、何をくれたの?」
「んー?」
「俺にくれたのってなに?」
「秘密」
…なにそれ。だから気になるってば。あ、そうだ。
「ねぇ、りょう」
「ん?」
「キスしてあげるから教えて?」
俺は上目遣いでそう言おうとしたが、恥ずかしくなって語尾に辿り着く前に笑ってしまった。亮の目が三日月になる。
「ふふ、いつからそんなおねだりが上手になったの?」
「りょう」
名前を呼ぶと、亮は顔付きが変わり真っ直ぐ俺を見た。
ドキッとする。
「アキ、俺が座る場所ちょうだい」
「う うん、」
起き上がって小さく座り直すと亮が隣に座って微笑んだ。ソファーが軋み、ドクンと胸が高鳴る。俺の腰に手をまわされ、亮が近付いてきた。こういうの、いつまで経っても慣れない。
「甘い香りがする」
「そ、そうかな?」
か、顔が近い。睫毛長いな。整った顔が俺の息が届く距離で微笑んだ。
「うん、アキの匂いすごく好き」
「…ひゃ、」
亮は髪に鼻を埋めたかと思うと俺の耳をペロリと舐めた。思わず高い声を出す。
「アキ、可愛い」
掠れ声で小さく囁く。もう、そんな声出すなよ。ドクンドクンと心臓の音が聞こえ、生唾を飲み込む。ああ、ドキドキしてきた。
「アーキ。もうスイッチ入っちゃった?」
「え?」
「今の蕩けたアキ、写真撮りたいぐらい可愛い。」
「…ばか」
俺は小さくそう言って唇を重ねた。亮は微笑むと体ごとゆっくり重なる様に俺を押し倒した。柔らかなソファーが、二人の体重の分だけ沈む。
「俺だけのアキでいてね」
「うん。俺はりょうのだよ?」
本当は俺は誰かの所有物にはなりたくない。でもこれぐらいの嘘は大目に見ておくことにしよう。
「これ、取って?」
「うん」
亮の伊達眼鏡を慣れた手つきで取ると、シャツのボタンが外されていく。
亮がくれた物って結局何なんだろう。まあ、いっか。それは今度聞くとして今日もいつもみたいにとけてしまおう。
甘い声を出しながら俺はそう思った。
END