「なあ、なんだよ、ソレ」
I was not so much angry as sad.
「…なにが?」
俺は首を伸ばし、2メートル向こうで白のテーブルに座る先輩をチラリと見た。先輩は静かにコーヒーを飲んでいる。同じ男なのに透き通る様に綺麗な横顔。あれ、おかしいな。さっきの声は空耳だろうか。
不思議に思いながら今月号のファッション雑誌に視線を戻し、ぺらぺらとページをめくった。あ、これやばっすげーカッコイイ。やっぱスニーカー欲しいなー。
「おい。聞いてんのか」
「は?(あ、やっぱ俺に話しかけてたんだ。)」
「ソレ、お前には可愛すぎるんじゃないか」
頬に手をつき、肘を立て睨む先輩。あ、怒った顔も可愛い。違うかー。なんちゃって。
「えっと、なんの話してんの」
「コレに決まってるだろ」
「わっ、」
先輩は舌打ちして立ち上がり歩み寄ったかと思うと、俺のグレーのスラックスから携帯を引き抜いた。
その時、重たくジャラと音がした。
可愛すぎるとは、このピンク色をしたクマのストラップの事だろうか。確かに俺の趣味じゃないし、明かにあれは女向けのキャラクターだよな。でも、先輩が持ってたらなんか可愛い。
え?っていうか、なんで先輩怒ってんの?
「なにこれ」
「えっと、」
「俺への当てつけか」
「先輩?」
「どーせ俺は女みたいに可愛くねぇよ。」
「は?先輩は可愛いよ。じゃなくて、なーに?どうしたの言ってごらん」
自身の言葉に傷付いたのか、そっぽを向く先輩。薄い唇を歪ませ、瞬きが多い。泣くのか?
とりあえず本を投げ捨て、優しい声を出して先輩を見つめた。
すると、バシッ。ピンクのクマは俺の肩とぶつかった。痛い。前を見れば、先輩はひどく綺麗なその顔を歪ませていた。
「お前はひどい」
「なにがさ」
「そーいうの全部」
「なに?どうしたの。」
わからない。とりあえず、携帯をまたポケットにしまった。なんでそんな辛そうな顔すんだよ。そのまま、先輩の手首を掴もうとしたら嫌がられた。あ、地味に傷付く。
先輩は低い声を出した。
「そーいうことサラっと言うなよ」
「だからなにが?先輩、今日変だよ」
「ひどいよ、分かれよ」
「なに、」
わからないよ。先輩を見つめると一瞬だけ目が合い、先輩は顔を歪ませたまま俯いた。
「もういい、よ」
「何も良くねぇよ。言えって」
テーブルに戻ろうとした先輩の手首を今度こそ掴んだ。白く細い。先輩と俺の顔との距離が急に縮まる。
「怒るなよ、」
「んなの先輩が…」
「怒るの、やめっ」
「…」
眉をハの字にし目を潤ませる先輩。っつーか最初から怒ってねーし。震えた声でそんな事言われたら何も言えなくなる。そんな顔するなよ。
「…、ふれよ」
「せんぱ、?」
「もう飽きたならふればいいじゃねーかよ」
「なんのはなし?」
「疲れんだよ、お前」
「なっ、」
あ、今のはひどい。ちょっとムカついた。ショックの方が大きいけど。
「これだってクラスの可愛い子にでももらったんだろ?お前女ウケいいもんな」
「ちょちょちょ。ストップ」
「今だって雑誌読んで俺の方見ないし」
「ちょっとって」
「もういやだ、も や」
「ねぇ、なら」
…気に入らないなら女みたいにバシバシ俺を叩けばいい。でも先輩は男で、ただ俯き、言葉にならない想いを丸めた拳に秘め唇を噛んでいた。
必死に自尊心を守っているのだろう。