It is impossible to love and be wise



 先輩が好きだ。


 そう思ったのは、いつからだろう。白いテーブルに肘を着いて、その先の茶色い椅子に座る先輩を見つめた。

 出会ったのは駅のホームだった。すれ違った高校生が落とした定期を拾って手渡した。「落としましたよ」「あ、どうも」たったそれだけ。それくらいの出来事だった。初めて会った時から先輩はお洒落で小ざっぱりしていたし、その頃まだ中学生だった俺にとってはその姿がとても好印象に思えた。同性というのもあってただの憧れの感情だと思っていたが、どうであれそれからその高校生をすれ違う度に目で追っていた。

 その姿に憧れて高校を決めた事は誰にも話していない。親や友人や、もちろん先輩にも恥ずかしいしストーカーみたいだから話せていない。というか、もう話すつもりもない。それから色々あって、いつの間にかこの憧れに下心も芽生えて、そしていつの間にか先輩の隣に居れる様になって、もう一年以上になる。



 それでも変わらず、俺は先輩が好きだ。

 例えば、誰にも汚せないと思わせるこの綺麗な横顔が好きだ。
 丁寧に整えられた色の薄い髪と同じ色の瞳が好きだ。
 こっちがじっと見つめている事に気が付くと、眉を顰めて(ひそめて)照れるところも好きだ。その後、嫌そうな声で「なんだ」て聞いてくるところも好きだ。素直に「んー?せんぱいって綺麗だなと思って」て返したら、「あほ」と素早く言って、今度は耳まで赤らめるところも好きだ。


 ああ、全部好きだ。

 そんな感情が溢れてこの白いテーブルまでもが俺の想いで染めてしまいたくなる。
 こんなに見つめてもずっと好きだ。


「時々、」
「ん?」

「時々、お前のせいでここら辺に穴があきそうな気がするのは、俺の気のせいか?」
「!」

 先輩は白くて長い指で顔の周りを大きくぐるりと指差し、その手で頬をついた。ああ、その長いまつげでこっちを差さないで。

 好きだよ、先輩。俺ね、あなたの事をずっと好きで居られる自信があるんだ。



「椿、好きだよ」


 思ったよりもいつものトーンで息を吐く様に考えていた事が声に出てしまった。どうしようかと考えるよりも先に、先輩は眉をぴくりと動かすと、少し顔を赤らめ、少しだけ口角をあげた。

 あれ?今、笑った?





「ばーか」


 そう言って、先輩は俺を見つめた。

 ねえ、それは何に対しての言葉なの?
 俺は確かめるために、先輩の白い指を優しく掴む。テーブルは相変わらず白くて、先輩は相変わらず艶やかだと思った。

END


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