ばれんたいん1




「はい、どうぞ」

 とびっきりの爽やかな笑顔で、司が俺に手渡したのは小さな紙袋。ロゴを見れば有名洋菓子店のものだとすぐにわかった。

 冷たい風が夜を満たし、満たさないのは目を凝らせば空に輝く月だけだ。

 ああ寒い。俺はなるべく面倒臭そうに口を開いた。

「なんだよ、これ。」
「え?チョコレートだけど」

 カッコつけたつもりだったのか、司は間抜けな声を出して答えた。俺は紙袋を司の目線の高さにまで持ち上げる。

「んなの、見たら判る。俺はこんなものを貰うようなことしたか?」


 “貰うようなこと”に司は反応したんだと思う。アホは目を見開くと同時に声を出した。

「な、ひど!今日が何の日か忘れてるわけ?」
「…は?」

 俺は首をかしげた。何の日かは知らない。


「もう知らない!」

 司は大声で言うと、拗ねて自転車置場に向かってしまった。
 俺は静かにマフラーを巻き直す。



「…ばーか。先越すなっての」

 鞄の奥で渡しそびれた包みを取り出してひとりで笑った。

END


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