中編02(夢子・加菜子目線)



 私の濡れた手を引いてムラは歩き出す。追いつこうにも濡れた髪は随分前から顔に張り付き、上手く前が見えない。

「村上くん、」

 目の前には知らない女の人が立っていた。森ガールっていうか、可愛い女の人。あ、ムラに傘を渡している。するとムラは「すみません」と言って受け取り、その女の人の名前を呼んだ。

 あ、知り合いなんだ。

 トクン。…あれ?



「行くぞ、夢子」

 そう言ったときの一瞬。ほんの一瞬だけ、女の人と目が合った。


 世界から色が消えた。






 久しぶりに村上くんに会った。雨が降り出して、売り物のコンビニ傘を見やすい場所に配置した瞬間だった。

「「あ、」」

 外にいた彼と目が合ってしまった。気まずいとか、何かを考える前に、彼はそのまま店の中に入って来た。

 何ヶ月ぶりに会うのかな。っていうか、何を話せばいいんだろうか。



「こんにちは」

 彼はそう言うとにへらと笑みを浮かべた。私も急いで笑顔を返す。ふふ、と声が聞こえる。良かった、間に合ったみたい。

「まだここでバイトしてたんですね」
「へ?あ、いや。ううん、辞めたの。今のはちょっと手伝っただけ。ほら、私服でしょ?」

 そう言って、にこりと微笑んだ。私は、このコンビニは辞めた。今日はクリーニングが済んだバイト着を返しに偶々立ち寄っただけ。なのに、どうしてまた会っちゃうのかな。

 だって、君に会わないために辞めたんだよ。


「え?……あ、ああ、そうなんですか」

 彼は私の言葉を理解するまで首を小さく上下に振った。相変わらず、優しそうな目。髪が少し濡れてる。あ、そうか。

「田村くーん、これお願いします」

 私はレジに傘を2本置いた。レジの新人の男の子が対応する。目が合ったから微笑んでみた。あ、赤くなってる。
 赤くなられても、どうもしないけど。


「あ、はい。1050円です。」
「はい、これで丁度ね。シール貼ればいいよ、ありがとう」

 田村くんにチラリと微笑むと、さっさと傘を受け取り、村上くんの方へ腕を少し伸ばした。伸ばした手に握られた傘が、私と彼の目の前に現れたのを確認し、にこりと微笑む。


「はい、村上くんの分。買いに来たんでしょ?」
「…え?あ、すみません。お金払います、いくらでしたっけ?」

「あはは、いいよいいよ」
「いやでもっ」

 真面目だね、相変わらず。

「わかった。んじゃ家まで送って」
「え?」

「暗くなってきたし。それに、久しぶりにお話しようよ。ね、いいでしょ?」

 口が勝手に動いていた。私は何を言ってるんだろ。メグに話したら、「馬鹿じゃないのか、身を弁えろ。」って言われそう。ごめんね、メグ。私の口は私の意思がコントロールしてるわけじゃないみたい。

 なら私の心は誰がコントロールしてるんだろうね。



「いい、ですよ」

 優しい声が聞こえて、顔をあげた。私はいつの間に俯いてたのだろうか。そして、少し間の空いた返事が村上くんの優しさに聞こえ、それがまた切なさと思えた。



「じゃ、行こっか」

 私たちは明るいコンビニを背に、雨の世界に足を踏み出した。

 夜は外に散らばる鈍い色を更に鈍くさせた。私は水溜まりに嵌まらないように、村上くんの歩幅に合わせる。歩きやすいパンプスで良かった。


「あの子は元気?」
「?」
「あの…彼、えっと、司くんだっけ?」
「ああ、はい。司は元気ですよ。まあ、アイツは毎日バイトばっかなんであんまり会ってないですけど」
「そうなんだ、あれ?まだ付き合ってるよね?」

 思っている以上に自然な流れで聞いていた。これで別れたとか言ったら多分怒るよ、私。


「え、ま、まあ。はい。」

 そりゃ、そっか。
「あ、そう、だよね。うん。なんか夏休みにバイト三昧って高校生らしいよね!村上くんは、バイトしてるんだっけ?」

「そうですね。あー、バイトしてたんですけど、受験もあるし、辞めちゃいました。」
「へえ、そうなんだ」
「ふふっ」
「?」

「…なんて、口実なんですけどね。最後の夏くらい、遊びたかったし」

 そう言ってふわりと笑ってみせた。それがいけないんだと思うんですけど。無邪気さが罪だわ。


「そう、なんだ」

 あ、水溜まり踏んでしまった。

「松田さんは?」
「ん?」

 あ、つめたっ。

「新しく始めたんですか?仕事とか」
「んー。ちょっと落ち着こうと思って、大学の方頑張ろうかなって」

 こんなの、私だって、口実だけど。

「そうなんですか。かっこいいですね、大学生って。あ、松田さんの家って、あの駅越えますよね?」
「そうだよ。覚えててくれたんだ?」

 うわ。それだけで嬉しいんですけど。

「何言ってるんですか、2ヶ月ぐらいしか経ってないでしょ?いくら俺でもそれくらいの記憶力はあります」
「ふふ、そっか」

 私たちはケラケラ笑いながら、夜道を歩いた。彼の傘が透明なおかげで、横顔をそっと見ることができた。いっそこのまま、友人になれたら幸せなのかもしれない。こうして、彼の横顔を盗み見るぐらいの距離でいい。

 ああ、靴濡れてる。あれ?


「…あそこに女の人立ってない?」
「え、どこですか」

「あの街灯の近く。」

 私はそう言って電気が消えた街灯を指差した。ここの街灯22時になると消えるから、不便。あれは、人影だと思う。


「……沢田?」


「え?」

 私の声と、村上くんが傘を落とすタイミングが同じだった。地面に落ちた傘を拾おうとしたら、村上くんが真っ暗闇へ走って行く後ろ姿が見えた。ああ、遠くなっていく。彼は、彼女の名前なのだろう「サワダ」と呼びながら走っていた。

 胃液が上がるのを感じた。


 女の人は、どうやら村上くんの知り合いらしく二人は口論を始めた様に見えた。いや、意外に二人は小声で会話をしているだけなのかもしれない。暗くても判る、綺麗な人。

 私の体は石の様に、ただ突っ立っていることしか出来ない。肺の奥がビリビリする。ここに居てはいけない。そう思っていても体は動きはしなかった。頭が混乱する。彼女は彼の何?醜い心が煩いほど、ざわめく。

 私は村上くんに触れたくても、出来ないのに。村上くんが包み込むように抱きしめ合っている。こんな惨めな気持ちは初めてだと思う。吐きそう。

 やっぱり私、まだ好きみたい。忘れようとしたのに。どうしてそうわかるためにこんな辛い仕打ちを受けなきゃいけないんだろ。

 どれくらい時間が経ったかは分からなかった。靴の色が随分と鈍くなってしまった。二人がこっちに来る。どうしよう。

「村上くん」

 濡れてるよ。私は傘を差し出していた。やっぱり口が勝手に動いていた。


「すみません、松田さん」

 だから、何の謝罪?

 すると一瞬。ほんの一瞬、その女の人と目が合った。私の胸がざわめくのを感じる。雨は降り続けていた。


END(後編へ続く)


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