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どこかで、声がした気がした。真っ暗闇で、誰かの優しい声。
気のせいだよね、こんな知らない駅で誰かと会うわけがないもん。しかも、懐かしい声だった。私ってばもうオカシイのかもしれない。
だって、ムラの声が聞こえたなんて。
「沢田!」
ほら、今みたいに、え?声がやっぱり聞こえてくる。そう思った瞬間に急に腕を掴まれ、反射的に顔を上げた。
あれ、どうして。
どうして、ここに?
「お前何してんだよ!」
あ、怒ってる。上手く頭が回らない。掴まれた手首から熱がジワジワと伝わる。
熱いのはどこなのかな。そんなの考えた時点でアウトな気もするけど。
私はそれを振り払うようににへらと唇を歪めて、声を出した。雨がまた強くなる。
「あれー、ムラだあ。あはは」
「……」
あれ、ムラ、傘差してない?ムラ、濡れちゃうよ。ねえ、どうしてそんな顔するの?
「ムラー濡れちゃうよー?ふふっ」
私が笑ってるんだから笑ってよ。ね?それでいつもみたいに治まるでしょ?
だから、お願い
「…したくないことはしなくていい。」
「?」
「弟から聞いた。もう…笑うのやめろ、夢子」
溜め息が優しく雨に溶けた。
「…っ!」
ムラの言葉に目を見開く。どうしてそういうこと言うの?ダメだ。涙が出そう。ああ、最初から泣いてたっけ?もうよくわかんない。
夜が私達を包もうとしている。何百という雨粒が私の頬を濡らす。ダメだよ、ムラ。こっちに来ちゃダメ。
「ム、ムラ傘は?風邪ひいちゃうよ」
「アホ、どうでもいいだろ。」
「え?」
すると、私のへばり付いた前髪を両サイドに優しく分けた。やっぱり、温かい手。
「俺はいいんだ。」
「ムラ、」
暗くて良く見えなくてもわかる。なんて優しい顔。
私は目の前に向かって、ゆっくり手を伸ばす。そっか、拒まないんだね。そんな優しいところが、ずっと前から好きなの。
ああ、もう止まらない。
私は目の前の人を抱きしめた。
私、この人が好き。出会った頃からずっと。ずっとずっと好きだった。冗談めかせて告白するたびに、ドキドキしてた。結果はいつも同じなのに。
恋人が出来たとか、どうでも良かった。この気持ちは、変えられなかった。
「…ムラあー!私っわた、し…ひく、うっうっ…」
「好きなだけ、泣け」
そう言って髪を撫でる。その全てが優しくて溶けてしまいそうだった。
真っ暗の中で、小さく光る街灯はあなた。私は声の出る限り泣いた。真夜中の駅前は二人以外もう誰も居ない。
雨音がこんなにも近くで聴こえる。そして、こんな近くに私の大好きな人がいる。
私はその人に向かって別の誰かの愛への涙を流す。本当に好きなのは、あなた。でも、私はあなたに恋をすることを諦めた。背中にまわした指が絡む。
どの気持ちも嘘じゃない。
だからあの人を傷付けた。わかっていたはずなのに。結局私は私が一番大切で。本当に大切なものから私は逃げていた。
だから、こんなにも胸が痛い。
「ムラあーっああ!ひくっうう、」
「俺はここに居るから」
身体と心が切り離された様だった。ずっと出来なかったことを私はしている。拒絶されたら、手を振り払われたらどうしようと思うと出来なかった。今も同じはず。本当はこんなことするつもりじゃなかった。ごめんなさい。
私はただ、臆病だった。
「……夢子、」
「……うえっ?…ひくっ」
「俺ん家行くか」
ムラの家。友達になって3年間、一度も行った事が無い。何かが壊れてしまう気がした。無意識に息をすると、ひゅうと変な音がした。空気を上手く吸えない。
「……はひ、ひゅっ」
それでも私は頷いた。
END(中編に続く)