[02]



 ?

 どこかで、声がした気がした。真っ暗闇で、誰かの優しい声。


 気のせいだよね、こんな知らない駅で誰かと会うわけがないもん。しかも、懐かしい声だった。私ってばもうオカシイのかもしれない。

 だって、ムラの声が聞こえたなんて。




「沢田!」

 ほら、今みたいに、え?声がやっぱり聞こえてくる。そう思った瞬間に急に腕を掴まれ、反射的に顔を上げた。

 あれ、どうして。

 どうして、ここに?
 

「お前何してんだよ!」

 あ、怒ってる。上手く頭が回らない。掴まれた手首から熱がジワジワと伝わる。

 熱いのはどこなのかな。そんなの考えた時点でアウトな気もするけど。

 私はそれを振り払うようににへらと唇を歪めて、声を出した。雨がまた強くなる。


「あれー、ムラだあ。あはは」
「……」

 あれ、ムラ、傘差してない?ムラ、濡れちゃうよ。ねえ、どうしてそんな顔するの?


「ムラー濡れちゃうよー?ふふっ」

 私が笑ってるんだから笑ってよ。ね?それでいつもみたいに治まるでしょ?

 だから、お願い


「…したくないことはしなくていい。」
「?」

「弟から聞いた。もう…笑うのやめろ、夢子」


 溜め息が優しく雨に溶けた。

「…っ!」

 ムラの言葉に目を見開く。どうしてそういうこと言うの?ダメだ。涙が出そう。ああ、最初から泣いてたっけ?もうよくわかんない。


 夜が私達を包もうとしている。何百という雨粒が私の頬を濡らす。ダメだよ、ムラ。こっちに来ちゃダメ。

「ム、ムラ傘は?風邪ひいちゃうよ」
「アホ、どうでもいいだろ。」

「え?」

 すると、私のへばり付いた前髪を両サイドに優しく分けた。やっぱり、温かい手。


「俺はいいんだ。」
「ムラ、」

 暗くて良く見えなくてもわかる。なんて優しい顔。


 私は目の前に向かって、ゆっくり手を伸ばす。そっか、拒まないんだね。そんな優しいところが、ずっと前から好きなの。

 ああ、もう止まらない。

 私は目の前の人を抱きしめた。


 私、この人が好き。出会った頃からずっと。ずっとずっと好きだった。冗談めかせて告白するたびに、ドキドキしてた。結果はいつも同じなのに。

 恋人が出来たとか、どうでも良かった。この気持ちは、変えられなかった。


「…ムラあー!私っわた、し…ひく、うっうっ…」
「好きなだけ、泣け」


 そう言って髪を撫でる。その全てが優しくて溶けてしまいそうだった。

 真っ暗の中で、小さく光る街灯はあなた。私は声の出る限り泣いた。真夜中の駅前は二人以外もう誰も居ない。

 雨音がこんなにも近くで聴こえる。そして、こんな近くに私の大好きな人がいる。


 私はその人に向かって別の誰かの愛への涙を流す。本当に好きなのは、あなた。でも、私はあなたに恋をすることを諦めた。背中にまわした指が絡む。

 どの気持ちも嘘じゃない。


 だからあの人を傷付けた。わかっていたはずなのに。結局私は私が一番大切で。本当に大切なものから私は逃げていた。

 だから、こんなにも胸が痛い。


「ムラあーっああ!ひくっうう、」

「俺はここに居るから」



 身体と心が切り離された様だった。ずっと出来なかったことを私はしている。拒絶されたら、手を振り払われたらどうしようと思うと出来なかった。今も同じはず。本当はこんなことするつもりじゃなかった。ごめんなさい。





 私はただ、臆病だった。



「……夢子、」

「……うえっ?…ひくっ」

「俺ん家行くか」


 ムラの家。友達になって3年間、一度も行った事が無い。何かが壊れてしまう気がした。無意識に息をすると、ひゅうと変な音がした。空気を上手く吸えない。

「……はひ、ひゅっ」

 それでも私は頷いた。


END(中編に続く)


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