学校の階段を下りながら、カチカチカチとメールを打つ。あの喧嘩から数日が過ぎ、いつの間にか夏休みになっていた。司は毎日バイトで、俺はなぜか週3日も学校に通っている。誰だよ、夏の特別講義なんて作ったやつ。
和樹はサッカーで推薦が来ているらしいし、夢子は食物系の専門か短大狙いだから「勉強は大丈夫だもーん」らしい。
まあ、詳しくは知らねーけど。
とりあえず、一般入試希望の俺はひとり虚しく学校で勉強している。目標も何もない分、不快感だけが募る。この特別講義が午前中で終わるのが唯一の救いだ。
「…肩、痛てえ」
はあ、今日も疲れた。コキ、と肩を鳴らす。今頃アホは俺の家にいるはずだし、昼は何食おうか。そう考えながらいつの間にか痕が消えた首を、ポリポリ掻いた。
「村上先輩?」
「ん?…おー、弟か。」
見上げれば階段の上から沢田弟が声をかけてきた。ん?ここでよくコイツに会う気がする。…気のせいか?
「仲直り出来たみたいですね。」
「?」
すると、弟はニコリと微笑んで俺の携帯を指差す。ん?
「今、司へメールしてたんでしょ?」
「え、なんで知っ…。なんだよ、その顔」
弟から控え目な笑い声が聞こえる。溜め息を吐くと目が合い、ふわりと微笑まれる。
「ふふ、声かける前から、顔がゆるんでましたよ?」
「は!?ゆるんでねーよ。何言って、」
顔を右手で確かめる為に、手に持っていたケータイをしまう。今はゆるんでないよな。良かった。
「……確かにアホにメールしてたけど」
「やっぱり。あ、ここのも消えて良かったですね」
そう言って俺の首に触れた。
痕のことだろう。そして、「姉がしたらしいですね」と何も無い首筋をなぞる。やっぱり、そうか。それにしても冷たいな、指。そもそも汗ばんだ首なんて触っても面白くないだろ?
あと、首筋を見つめる視線が痛い気がするのは、なぜ。
「弟…?」
「…え?あ、今日は特別講義だったんですか?」
「ん?まあ、始まったばっかだから復習多くて肩が凝るだけだけどな。」
「それはお疲れ様です」
そう言って微笑まれる。姉そっくりの笑顔で見つめられるのは、やっぱ何か違和感があるな。
あれ、手が離れてた。いつの間に。
「今日は部活か?」
「そうですね、それもあります」
「それも?」
高性能な白いカメラを首から下げて、ふわりと笑う。弟は写真部で中々良い写真を撮ると好評ならしい。
「あ。姉から聞いた。お前の写真、すげーんだろ?」
「すごくないですよ」
弟はそう言って伏し目がちに微笑んだ。
その顔を見ながら、以前夢子が「あの子が撮った私の写真って色気が無いのばかりなんだ〜」と嬉しそうに話していたのを思い出す。
いくら学校では魔性の女と言われても、弟から見れば色気の無い姉でしかないのだろう。弟はそれが夢子の本質だと知っているのだ。
だから俺はこの弟を気に入っているのかもしれない。
「それもって、部活だけじゃないのか?」
夏休みの廊下は暑く、汗がタラリと頬を伝う。俺にとってはこんな日に用事なんてあるのが不思議だ。
「進路の相談も少し…」
そう言って何冊もの大学のパンフレットを鞄からちらつかせた。へえ。
「お前、2年なのに偉いな。それをあのアホ司にも教えてやってくれ。あいつ毎日毎日バイトバイトバイトで、今ただのアホからバイトアホになってるから」
「バっ?…くく、そうですか」
「? なんだよ」
「い、いえ。金を貯めてるらしいですよ。確か、住む家がどうこう言ってましたけど、アイツ引っ越しでもするんですか?」
あのアホ!
「あ、や、いやそんな急にはしねーよ!」
「え?」
「あ、いやなんでもない。悪い」
あのアホ、余計なこと考えやがって。