コイツの目、真剣だ。首の痕の話じゃない。俺はソファーに座り直した。名前を呼ぶ。
「つかさ」
「進学も就職もしなくていいから、俺の傍に居てよ。俺が頑張るから」
「な、」
勝手なこと言うなと言う前に両肩を掴まれた。痛い。でもそれ以上に司の真剣な眼差しが痛い。なんだよ。
「どこにも行かないでよ、椿」
司はそう言うと俺を強く抱きしめた。
「つか、」
なんてこと言うんだコイツは。でも、コイツもバカなりに考えてたんだな。どうして気付かなかったんだろうか。胸を締め付けられる様な感覚に。
俺は男だから、お前に守られる立場になるわけにはいかないけれど。小さい声で「行かないで」なんて呟くな、馬鹿。甘やかしたくなるだろ。惚れた弱みはでかいな。
俺は溜め息を吐いて、ポンポンと司の背中を優しく叩いた。
「馬鹿か、お前は。」
司が何か言おうとする前に言葉を繋げた。
「俺は傍にいる。だから応援しろよ、俺の進路。」
「…せんぱい?」
司が不安げな瞳のまま俺を見る。そんな目、してんじゃねーよ。「わっ、せっ!」
俺は鼻でクスンと笑ってから、司の柔らかい髪をぐしゃぐしゃと強く撫でた。犬みたいだ。
「そんなマヌケ面してるからだ、アホ。兄貴が長期出張が急に決まってさー」
「え、あ、はい?」
うわ、アホっぽい顔。俺は力が抜けてへにゃりと笑う。
「だから、一緒に住むか?」
出張なのは、本当。でも一緒に住むなんて考えてはいなかった。それでも口に出たのだから住んでもいいと思ってるのだろう。
司を見つめ、手をぎゅっと握られる。ああ、犬みたいな顔。
「え、あ。はい!お願いします!」
その答えにふふと笑うと、ぎゅっと抱きしめられた。それを優しく抱きしめ返し、筋肉質の硬い身体の感覚を確かめる。
男同士という事実は変わらないけれど、離れたくないのは同じだから。結局そういうことかもしれない。
次の日、俺は近場の大学名を書いてあの紙とおさらばした。
さようなら。
END