06



 握ったままの手を離さなかった。司の手を引き、足早に廊下を歩く。静か過ぎる。それはそうだろうな、こんな時間にすれ違う生徒なんてまずいないし。

 そんな内とは対照的に、外から運動部達の唸りの様な声が響いた。あと、甲高く鳴く蝉の声と。


 こんな時いつもなら更でも無い声で、「先輩待って」とか「足速いんですけど」なんか聞こえるが、今日はなかった。軽口はどこへ行ったのか、司は黙っていた。それでさらに静かだと感じたのかもしれない。

 俺は一度も振り返らずに無意識に手の力を強め、足を大きく出した。









「黙るのやめて、少しぐらい喋れよ」


 そう口にしたのは、俺の家に着いてからだった。自転車の後ろに乗せても黙ったままの司を連れてくるのは大変だった。

 俺の声が二人しかいない部屋に響く。



「…これは、なに?」


 控えかつ、正確な響きでぽつりと言葉を吐いた。見えてはいないが、司のしなやかな指でゆっくりと絆創膏を指で押された。

 ぐにり、





 目をゆっくり開き、嫌な汗がながれるのを右肌に感じた。

 あ。これは、


「…」
「ねぇ、先輩」


 怪我をしてる訳じゃないから痛くはない。なんだか、絆創膏特有の薄いゴムみたいな感覚が気持ち悪い。



 動じなかったのが悪かったのか、司は低い声を出した。


「痛くないのに貼ってるなんて、まるでキスマーク隠してるみたいだね」

「…」


 みたいじゃなくて本当にそうなのだから何も言えない。


「ねえ、どうして黙るの?」


 数分前と真逆の立場になってしまった。何を話しても言い訳みたいになると思い、仕方なく絆創膏を剥がした。

 ぺりり、


「……。」

「一応聞いてあげる。どうしたの?」

 司の低い声がボソリと聞こえた。こっちに跡つけたのは、和樹のはず。

「これは和樹が、」
「アイツとそういうことしたわけ?」

「は?」

 俺が説明するより先に、バン、と肩を押されてソファに倒れた。ギシリとスプリングが跳ねて、司も後を追う様にソファーの縁に手をつく。

 え、つかさ?

「つかさ?」
「跡付けられるような事したんだ。俺のなのに」
「ちょっと待てって」

 左手で体を支えながら、右手で司の肩を押した。指で首を撫でられる。すると、司はもう一つの絆創膏にも気が付き、俺の許可なく剥がした。痛い。

「あれ?もうひとつあるね。コレも?」
「これは…、」

 あの馬鹿共。はっきりバレてるじゃないか。心の中で舌打ちした。沢井弟の二つの優しさはゴミになってしまった。


「…言えないの?」
「司、勘違いしてないか?」

「何が?」
「怒ってるだろ?」

「怒るよ俺だって跡付けたことないのに」

 …確かに無いな。じゃなくて、馬鹿かこいつ。

「何ガキみたいなこと言ってんだよ。」
「ガキだよ!先輩より年下なんだから当たり前だろ!」
「つか、」


「俺がどれだけ離れたくないか先輩は分からないの?」


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