喧嘩をした。それはそれは大きな喧嘩をした。
思い返してみれば、こんな喧嘩初めてだと思う。そもそも司があんなに怒るなんて初めてだ。原因は一枚の進路調査書。このペラペラの紙切れ一枚のせいで俺達は喧嘩をした。
右角が折れた紙切れは白紙のままだった。もう何も考えずに今すぐ破ってしまいたい。
「…はあ、」
「ムラ?」
友人の和樹は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺をムラと呼ぶのは二人しか居ない。和樹はそのうちの一人だ。黒板の横に大きく貼られた長期休暇までのカウトダウンが一桁になったお陰で教室はいつも以上に騒がしく、それが更に俺の不快指数を上げていた。誰しもが待ち望んだ夏の兆しだ?ふざけるな。
俺は、けばけばしく書かれた手作りカウトダウンに舌打ちした。
司と口を利かなくなって3日目。正直、キツい。
「溜め息、今日5回目。なんかあったか?」
「ねーよ」
「嘘つけ」
「…」
何かある時の俺をサッカー馬鹿はいつも察してくれた。コイツ基本的にバカだけど、野生のカンでもきくのだろうか?最近彼女が出来たって噂を聞くし、そのおかげで空気が読める様にでもなったのだろうか。和樹は俺の愛想のない答えに溜め息を吐き、目線を進路調査書に向けた。
「進路で、もめたか?」
その問いは近かからず遠からず。進路では揉めてない。紙で揉めたのだ。忌ま忌ましい紙切れ。説明すら嫌で俺は口を閉じていた。
すると黄色い声が聞こえた。
「つかさちゃんでしょー?」
「…今その名前出すな」
「ほら当たりー!二人ともおはよう」
アイツの名前を出したその女は大きな音を立てて自身の鞄を机に置いた。
「おはよう。いや、今はおはようの時間か?これから帰りのホームルーム始まるぜ」
「ゆめちゃん体弱いから今日は保健室登校なの」
「どこがだ!嘘つけ」
「もう、カズはうるさいなー。ムラもそう思うでしょ?」
俺の事をムラと呼ぶもう一人の友人は、俺の前の席に座ると肘をついてにっこり微笑んだ。
その角度だとブラウスで隠れる下着が見えてしまいそうだ。毒々しい体勢。
「……。」
「あれーシカト?でもムラってほんとにわかりやすいよね」
「うるさい。胸見えるぞ」
俺がそう言うと彼女は目を細め、あひる口のまま微笑んだ。上目遣いがわざとらしい。
「見せてるんだけど?」
「…興味ない。」
「なによー、本当ムラはつかさちゃん一筋だもんねー」
俺が舌打ちしても構わずに、沢田はニヤニヤ笑った。お前そんなんだから女の反感買うんだろ。細い腕に巻かれた包帯を見て小さく溜め息を吐いた。
また新しい傷作りやがって。
「…和樹コイツなんとかしろ」
「沢田。」
「あたし悪くないもーん」
ケラケラ笑い、ウエーブの掛かった黒髪の沢田夢子は艶めかしい唇を細く三日月型にした。俺はまた溜め息を吐く。
「ムラ溜め息吐くぐらいなら私と付き合おうよー」
「無理」
「えーなんでー?」
「なんでって。無理だろ、普通に。」
「ひどーい!」
酷いも何も、俺ゲイだし。
俺が何かを言う前に担任が騒がしい教室をなだめて、ホームルームが始まった。