「泣いていいよ」
メグは優しくそっと私の頭を撫でた。
語尾になるにつれ掠れゆく「ありがとう」と言う言葉と共に塩水がタラタラ流れた。
反射的に私は俯き、鼻を啜る。優しいメグは笑いながらティッシュを差し出す。
「かっこよかったの?」
「ずび。………すっごく」
「そっか」
「…っでも、彼の彼氏もかっこよかった」
「あはは。今のギャグ?」
「……。」
「えっとー、カナちゃーん」
汗だくになって迎えにきたあの男の子を彼は、決して私に向けることのない目で見つめていた。どうして私ではいけないのだろうか。
心地好かったと言われて嬉しいと思ってしまった。いつの間に年下なんかにのめり込んでいたのだろう。
「本気だった?」
そう、本気だった。きっと、今も。
「彼が羨ましい」
「……えっと、どっちが?」
「どっちも。」
二人が愛し愛されているなんて見てわかった。なぜ初めて二人を見たとき気が付かなかったんだろう。彼に始めにフラれた時に止めておかなかったんだろう。そうすれば彼等も傷つかなかったし、私の気持ちも浅かったはずだ。馬鹿だな私。
涙が溢れそうでふるふる震えている。
「えっとそれは…」
「私、馬鹿だよね?」
本当に馬鹿。だから見れなくなった。なんてことをしたんだろうと嫌われるのが怖くて、そのうち悲しくて悔しくて虚しくて顔を見れなくなっていた。だから彼に背を向け、強がった態度をとった。ガタガタ震えながら。──「ごめんなさい、俺…」──あの言葉は何への、誰への謝罪?
謝るべきは私でしょ?
女だからって自惚れてた私が悪いでしょ?
彼等が帰ったあと急に気が抜け、ずるりと崩れ落ち道路に独りうなだれる私はどれほど滑稽だったか。
それから部屋に帰ると涙が止まらなかった。あれだけわんわん泣いたのは初恋以来だ。気が付けば一晩中泣いていた。
ああ、苦しい。視界がぼやけている。涙で頬が冷たい。胸の奥はズキズキ痛み、塩水の粒は止まらない。
「カナ…」
「泣きすぎだね、ごめ…」
初恋よりも苦い恋だった。あの日から何日も経ってるけど、メグから電話が来た日までの記憶があまりない。
「ううん、話してくれてありがとう」
「メグ、」
もちろん、わざわざ誘って話まで聞いてくれたメグには感謝してる。
違う味の涙が流れた。
「電話、ありがとね。おかげで元気が…」
「カナは馬鹿じゃないから。良い恋したね」
「なんで?」
すぐに尋ねた。良い恋だろうか。私は結局二回もフラれたのに。
「今のカナさ、なんかぶちのめされてるよね。あんたってモテるから失恋したこと無かったでしょ」
「確かに無いけど…」
生まれてきてから、失恋経験というのは確かに無い。それにしても、ぶちのめされてるかな?ていうか言い方ひどくない?
「それに」
「まだあるの?」
「彼の悪口が一つも出てない」
そう言ってメグは微笑んだ。
確かにそうだ。村上くんに対する悪態なんてつけそうにもない。
「それぐらい認めてた人だったんだよ」
「……メグ。」
「結果はどうであれ素敵な人に出会えて良かったね。」
メグはふくよかな唇を三日月みたいに吊り上げた。ああ、恵師匠さまさまです。
村上くんに出会えて良かった。いつかそう思えるだろうか。彼等にも謝りに行きたい。村上くんに甘えた分のツケは払ってないから。
でも今は、まだ出来ないけれど。
「私、次はもっと良い恋するんだから!」
「うん応援してる。ほらほら、今日は飲め飲めー!」
「ちょっとっ!メグっ」
注がれるお酒を浴びるほど飲まされた。酔い潰れるのもいいかもしれない。流れ出す塩分をアルコールで補うことは不可能だとは思うけど。
もういっそバイトは替えてしまおうかな。
結局この夜で私しか飲まない梅酒のパックはほぼ空にした。そしてフワフワした頭でまた泣いた。月が微笑んだのに気が付かなかった。
END
『I can't help.』私はあなたを救えません。