「…え?」
街灯がチカチカ点滅している。もうすぐ夏がやってくるのか生温い風が背中に抜けた。気持ち悪くて心地良かった。大きく息を吸う。
「ゲイなんです。俺」
夜道は静かだ。俺は驚いたことに、自分でも思った以上に落ち着いている。暗くてよく見えないが、松田さんは驚いた顔をしていた。そりゃそうだよな。
「ちょっと待って、え?そんな嘘…」
「嘘とかじゃ、ないです。だから松田さんとは付き合えません。貴女を好きにはなれない」
そう言い切ると、松田さんは目いっぱいに涙を浮かべていた。赤く染まる瞳と頬が街灯に照らされ確認出来た。その時、これ程女らしい彼女を自分は決して好きになることはないのだと改めて感じてしまった。
「…本当なの?」
「こんな冗談言う人間に見えますか?」
「見えない」
そう言って貰えて良かった。松田さんはポロポロと零れ出す水の粒を拭いもせず、瞬きをした。
「じゃ、なんで私に優しくしたの?」
「それは、」
「…っそれは?」
目が合った。反射的に俯く。
「馬鹿にしてたの?」
「違う!」
「…なら、なんで?」
「好意を持ってる人といるのは心地好いから言えなかった。」
これが本音だ。異性に恋愛感情を抱かなくても、好いてくれてるのは心地好いんだ。
浮かれてたんだ、俺は。
「村上く」
「すいませんでした」
頭を下げる。俺なりの精一杯の謝罪。俺の一番はやはり司で、彼女じゃない。
傷つけたのは一人ではないのはわかっている。全員が何かしら痛みを覚えていた。
気が付けば、今すぐにでも倒れそうな程だった。手は奮え、足はガタガタ鳴っていた。
痛くて痛くてたまらない。
でも痛みから逃げる為に誰かを傷つけたのだから、この痛みには堪えなければならない。そうしないと傷みのループからは抜け出せない。それを拒めば司の優しい嘘が報われない気がした。
「…嘘だよね?」
「気持ち悪いでしょ、俺。」
「そんなこと!」
「ある…でしょ?」
苦笑する俺のシャツの端を松田さんは掴んだ。自転車は動かない。皮膚の下の鼓動と街灯のジーという不快な音が響いている。
二人の目が合った。
「村上くん好き」
「松田さ」
「私が女の子好きになれるよう手伝う、だから」
「松田さん」
「私を、私を好きになって!お願い村上くん」
「俺は、」
宥めるつもりが、上手く言葉が出ない。彼女が必死だったからだ。ドクンドクンと血液が循環する。
「私、こんな気持ち初めてなの!」
俺のシャツを両手で掴むと、小さな街灯に松田さんの大きな涙が反射した。