Lie true near



 素直な言葉なんて、ひとつも言えやしない。それは俺も同じで。

 しゃぶしゃぶの一件以来、毎週金曜日は松田さんを家まで送っている俺だが、なんだか最近アホの様子がおかしい。松田さんの話題を出すだけでアイツは眉を曲げて悲しい顔になる。「どうかしたか?」て聞いても「何もないよ」て返すし。んな顔して何もない訳無いだろ。

「もう時間じゃない?」
「あ。んじゃ行くわ」


「うん、いってらっしゃい」

 そう微笑むあの顔が嫌いだった。痛そうに歪んだあの横顔。何も思ってないと言うくせに、笑顔は酷く苦しくて。俺はそれを直視出来ない。その時に発する余裕ぶった声が、俺は大嫌いだった。声と表示の不一致が胸を刺す。
 なんか思ってるならさっさと言えばいいし、妬いてるならそう言えよ。なぜ、俺を頼らない?なんで嫌なら嫌だと言わないんだよ。


 言わなきゃ何もわからないのに。それを隠すかのように金属の扉を閉めた。




「村上くんっお待たせ」

「…ども」
「さ、行こっか」

 今日はリネンのシャツにチェックのスカートの松田さんは暗闇に佇む俺に微笑みかけた。 カラカラと自転車の音が響き、歩幅を合わせる。隣からは花だろうか、松田さんのいい匂いがするが考えるのはアイツのことばかり。こんなの皮肉だよな。
 今日もアイツを家に置いてきてしまった。今頃、俺の部屋で独り酒でも飲んでるんだろうか。アホはひとりの時は特にピッチが早く、俺が帰った頃には酔い潰れている。
 淋しく眠る頬にする口づけはひどく冷たいのに、俺は同じ過ちを犯している。


 虚しい。繋ぎ止めてて欲しいのに俺は他人の隣にいる。なら、司の隣は?



「松田さん」
「はっはい。なにかな」

「…送るのは今日で最後にしてもらっても、いいですか?」


「やめてって言われたの?」

 松田さんは笑ってみせた。困った顔しながらなんて良く笑えるな。この人もまた表情と心が不一致している。


 カラカラと鳴らしながら、俺達は誰も居ない公園の横を通り掛かった。



「司くんから聞いたの。」

「え」
 途端にドキリと胸が鳴った。今、なんて言った?

 司が、彼女に話したのか?いつ。どこで。





「司くんのお姉さんと付き合ってるんでしょ?彼女が怒ったとか?」

「──…え、?」


 頭が真っ白になるかと思った。お姉さんって誰だよ。司は男ばかりの3人兄弟の末っ子だ。姉なんて居るはずもない。彼女をみる。真っ直ぐこちらを見ていた。嘘ついてるのはアイツだな。だから松田さんの話をする度にあんな顔したのか。馬鹿だなアイツ。なんて陳腐な嘘。

 本当のことが言えなかったのか?


「違いますよ。」
「なら、どうして?」

 犬の様に困った顔をするアホを思い浮かべてしまった。笑える程、愛しい。そして切ない。


 言えなかった理由なんて高が知れてる。代わりに俺が言ってやるよ。



 それにお前の隣にも居てやる。




「俺、司と付き合ってるんです」


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