過ぎ行く人混みにぶつからない様に肩を避ける。こういうとき、赤の他人は不親切だ。
また横を見た。楽しそうに歩いている。改めて思ったが、コイツには他人を近づけないオーラがあるんだよな。それが薄い膜の様に司を巻いて誰かがぶつかる気配すらない。
ため息が出る。完璧負けてんじゃん。
「…帰る。」
「どーしたの?」
「いや、…今、俺ん家誰も居ねえし」
「だから帰ろ」と目で訴えた。なんかもう自分自身が嫌になってきた。手を伸ばしたアホのナイロンの端っこはツルツルしてた。バカヤロウ掴みにくいんだよ。
それでも俺はしっかりと掴み離すまいと思った。
「いいよ、帰る?」
「なら、」
「でも先輩はいいの?」
「?」
「そんな可愛い目で見ないでよ。観たかったんでしょ?映画」
さりげなく頭をなでなでされた。可愛い目なんかしてねーし。子供扱いかよ。それに、
「観てえけど…」
確かに映画は観たくて観たくてたまらなかった。独りぼっちの少年が音楽でスターになるまでのサクセスストーリーなんだが、最近流行りの韓国映画で。そもそも最近の韓国の映画ってやたら凝ってるし、いい仕事すんだよな。今回のは主題歌もいいし、監督は少し若いが前に観た作品も良かったから俺は今日を楽しみにしていた。
でも今はそれどころじゃない。早く家に帰りたい。コイツ以外誰にも会いたくない。見たくない。見られたくない。
コイツを直視出来るまで独り占めしていたい。
その時、信号が青にかわり、人混みに背中を押された。
「あ」
モヤモヤで頭がいっぱいだった俺は上手くバランスがとれない。ヤバイ、コケる。
きっと下はコンクリートだからどこか一カ所ぐらい擦りむくだろうな。痛いのは嫌いだが、不注意だった俺が悪い。ああ、ダッセーな俺。
そのとき、重力に逆らった気がした。
いや、逆らっていた。
「っと。大丈夫?危なかったね」
「つかさ、」
もっとダサいことが起きた。司が俺を抱きしめてる。街中で。人混みで。ハプニングだけかはわからないが、二人分の高まった鼓動が伝わる。
ダサいと思うもう一方で、俺は馬鹿みたいにときめいていた。それはもう馬鹿みたいに。
「もうしっかり歩いてね」
それだけ言うと司は俺を離し歩き出した。まわりの人への弁解のように「こけそうになったのを助けたんだからお礼ぐらい言いなよ」と笑っていた。
抱きしめられた部分が熱い。
「つかさ」
意味も無く名前を呼んだ。また歩幅を合わす。今度は隠れずに。司は俺を見つめ、何かを考える。
そっと手と手が絡まり、包み込むように手を繋いできた。
「え?おい、つか」
「これで守れるね」
そう言ったアホは男前アホでつい笑ってしまった。
ドクンドクンと二人分の鼓動が伝わる。街中で。人混みで。俺達は手を繋いでいる。俺はまた馬鹿みたいにときめいていた。
「映画、楽しみだね」
「バーカ。映画詳しくねーくせに」
「うるさいなー」
電子メロディーが遠くでまた聴こえた。
END
『If I say what you mean.』=もしあなたに本音を言えたなら。(ちゃんとありがとうを言えたのに)