「せんぱーい」
────切ったんだ、それはもうバッサリと。
会う前に交わした電話でそう言ってたから、アホがアホなことしたんだろうと思っていた。どんな怪我か見てやろう、笑ってやろうとさえ思っていたのに。
驚いた。とにかく驚いて俺は「髪、かよ」とボソリと突っ込んでいた。アホは前の髪型がわざと重ためだったからか、今は寒そうなほどにサッパリしている。それに比べ俺は相変わらず伸ばしたままだ。
「せーんぱい」
短くなった分、隠れていた鼻筋が綺麗に見えてドキッと胸が鳴った。
3日ぶりに見たアホは男前アホになっていた。
「お、おせーよ」
「お待たせ。似合う?」
「…まあ」
「なにそれー。もうちょい褒めてくれてもいいじゃん」
「うっせ」
久しぶりのせいか、近付いただけでドキドキする。なんだか恥ずかしい。ヤバい。目が合わせられない。
女子か、俺。
「どしたの。嫌だった?」
「ヤじゃない。似合ってる」
「ありがと」
似合ってる。似合ってるから腹が立つ。見たくない。また遠くなってる気がする。青と紺色のナイロンパーカーが眩しい。くそ。
「んだよ。見たらわかるってそーいうことかよ」
「ん?えへへーびっくりした?」
「…馬鹿じゃねーの」
「もう。素直じゃないなー、先輩はまだ切らないの?」
「ん、まだ伸ばす。」
髪に手を伸ばされたのにさりげなく避けた。真っ直ぐ顔が見れない。駅の近くの横断歩道の電子メロディーと休日の賑わいが耳障りだ。久しぶりに照り付ける太陽が煩い。
人が多過ぎる。昼間から待ち合わせなんかするんじゃなかった。
「映画まだ早いかな?」
時計を見ながら、そう言って微笑んだ。その黒い時計は去年俺が買った時計だ。なんだ?今日はやけに優しいじゃねえか。
俺は自分勝手な態度を取る自身にバツが悪くてグレーのジャケットに手を突っ込んだ。
「とりあえずチケット買う?」
「ん」
歩き出す司。その歩幅にばれない程度合わせた。ちらりと隣を盗み見る。太陽に透ける赤茶の髪、通った鼻筋、凛とした瞳。全てがかっこいい。しかもコイツ家は医者の家系らしい。パーフェクトか。
それに比べて俺は久しぶりに会った恋人を直視できない臆病者だ。くそ。まじ格好悪い、俺。嫌になってきた。
過ぎ行く女性はみんなチラチラ司を見てる。んな頬染めてこっち見んな。コイツは俺のだ。
でもこんなダサい俺なんかがお前の隣に居ていいいいのかよ?