[04]



「…くそ」

 なにが姉貴だ、意気地無し。
 あんな女の子傷つけて何が楽しいんだよ、俺。あんな顔させて。


 ムカついたから優越感に浸りたくなっただけなんだ。貴女が入る隙間はありませんよって。

 でも「俺が恋人だ」なんて言って先輩を困らせたらどうしよう。それがちらついた。

 そしたらあんな嘘ついて。バカだ。愚かだ。先輩に嫌われたくないとか、なんだよそれ。


 ひとりでいるには静か過ぎる住宅街の道路。今叫んでもただの酔っ払いだと思われるだけで、各々家から飛び出して邪険にするわけではないだろう。

 叫びたくて、声を出す気さえ起こらなかった。脳みそが矛盾する。気持ち悪い。吐きそうだ。


「最低だ、俺」


 そう繰り返すと、再び自転車を押しはじめた。








 くたびれてしまった。

 胸が痛いのは嘘をついたからではない。

 先輩に申し訳なくて嫌になる。苦しい。自転車漕ぎながら飛んでいってしまいたかった。


 会いたい。顔を見たい。


 謝りたい。謝って無かったことにしたい。ガキの我が儘だ。わかってる。


「ただいま」

 くたびれた手を伸ばし自分の家かの様に開けた。生活感溢れる金属音。先輩ん家の匂い。

 靴を脱ぎ、急いで部屋のドアをあけた。


「寝てるの?」

 静かだ。すやすやと規則正しい呼吸をする頭がひとつ。

 ベッドに覆いかぶさる様にゆっくり近づいた。駄目だ。苦しくて泣きそうだ。

「ん…つか、さ?」
「先輩ごめん」

 う、酒臭い。けどそんなのいいや、先輩、先輩、先輩。

 ごめんなさい。


「どーひた?」
「…何でもない」

 すると細い腕が優しく伸びてきて俺の頭を撫でた。あったかい。

「しゅきらよ。一緒に寝よ」
「うん」

 今の台詞ちょっときた。泣いてしまった。女々しい。
 モゾモゾと布団に潜り込んだ。あったかい。

「ちゅかさ」
「ん?」

「はい、ちゅー」
「んん」

 唇と唇を押し付けるだけのキスをされた。寝ぼけているのかペろりと舌を出すと、自分の唇を舐めた。

「おやすみ」
「…おやすみなさい先輩」


 この人が好きだ。死ぬほど好きだ。変な嘘はもうつきません。次松田さんに会ったら謝ります。だから椿さんをとらないで下さい。

 セックスしなくたって幸せです。お願いです。


 この天使を抱きしめる勇気を下さい。






END


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