「…くそ」
なにが姉貴だ、意気地無し。
あんな女の子傷つけて何が楽しいんだよ、俺。あんな顔させて。
ムカついたから優越感に浸りたくなっただけなんだ。貴女が入る隙間はありませんよって。
でも「俺が恋人だ」なんて言って先輩を困らせたらどうしよう。それがちらついた。
そしたらあんな嘘ついて。バカだ。愚かだ。先輩に嫌われたくないとか、なんだよそれ。
ひとりでいるには静か過ぎる住宅街の道路。今叫んでもただの酔っ払いだと思われるだけで、各々家から飛び出して邪険にするわけではないだろう。
叫びたくて、声を出す気さえ起こらなかった。脳みそが矛盾する。気持ち悪い。吐きそうだ。
「最低だ、俺」
そう繰り返すと、再び自転車を押しはじめた。
くたびれてしまった。
胸が痛いのは嘘をついたからではない。
先輩に申し訳なくて嫌になる。苦しい。自転車漕ぎながら飛んでいってしまいたかった。
会いたい。顔を見たい。
謝りたい。謝って無かったことにしたい。ガキの我が儘だ。わかってる。
「ただいま」
くたびれた手を伸ばし自分の家かの様に開けた。生活感溢れる金属音。先輩ん家の匂い。
靴を脱ぎ、急いで部屋のドアをあけた。
「寝てるの?」
静かだ。すやすやと規則正しい呼吸をする頭がひとつ。
ベッドに覆いかぶさる様にゆっくり近づいた。駄目だ。苦しくて泣きそうだ。
「ん…つか、さ?」
「先輩ごめん」
う、酒臭い。けどそんなのいいや、先輩、先輩、先輩。
ごめんなさい。
「どーひた?」
「…何でもない」
すると細い腕が優しく伸びてきて俺の頭を撫でた。あったかい。
「しゅきらよ。一緒に寝よ」
「うん」
今の台詞ちょっときた。泣いてしまった。女々しい。
モゾモゾと布団に潜り込んだ。あったかい。
「ちゅかさ」
「ん?」
「はい、ちゅー」
「んん」
唇と唇を押し付けるだけのキスをされた。寝ぼけているのかペろりと舌を出すと、自分の唇を舐めた。
「おやすみ」
「…おやすみなさい先輩」
この人が好きだ。死ぬほど好きだ。変な嘘はもうつきません。次松田さんに会ったら謝ります。だから椿さんをとらないで下さい。
セックスしなくたって幸せです。お願いです。
この天使を抱きしめる勇気を下さい。
END