[02]



「あの、ほっ本当にすいません!私、」

「大丈夫ですよ。むしろ俺の責任でもあるんで。夜道は危ないし」


 泣きそうな彼女に自転車を押しながら俺は微笑んだ。結局10時までバイトだった松田さん(さっき名前を聞いた)を家まで送ることになった。

 よっぽど怖かったのだろう。松田さんは猫の鳴き声ですら、びくりと肩を揺らした。

 俺の為に夜まで働くなんて、なんだか申し訳ない。


 そういや最近、ここ周辺で不審者が出没しているのだとニュースでみたのをぼんやり思い出す。
 男の自分には無関係かと思っていたら、こんな所で気にするとは嫌な話だが世の中まるく出来ている。


 本当に嫌な話だが。


 おかしい。なにか忘れてる気がする。でも思い出せない。
 いつも通りコンビニでコーラを買った。それに今日は雑誌も。

 でも何かおかしい。なんだ?俺は何を忘れている?


「村上くん?」
「え?どうかしました?」
「いっいえ。なんでも」

 トゥルルトゥルルトゥルル。すると住宅街に俺の携帯の電子音がけたたましく響いた。誰だよ。


「すいません、出てもいいスか?」
「あ、はいっ」

 ポケットから携帯を取り出し、右耳に当てた。

「はい もしも」
『せんぱーい!どこにいるわけ?今日は豚しゃぶでしょー!』

 あ、これだ。

 遡ること十数時間。朝の出来事だ。
「なあ椿、昨日肉買っといたから今日は豚しゃぶでもしろ」

「は?独りで?」
「んなもん、友達でも呼べばいいじゃねーか。あ、でも可愛い女連れ込むとかは無しな。にーちゃん泣くぞ」
「うぜーよ。早く出張行け」

「あはは行ってきます」



んで、料理出来る司を呼んで今夜は豚しゃぶだとか言ったな俺。


「忘れてた」

『ひどー!なにそれ俺ダッシュで先輩ん家来たんだよ。なのに真っ暗だし!』



 うるさいな。あのヤロ、俺ん家の前で騒ぐなよ。ちっせーマンションだから響くだろ。


「悪かったって、あ」
『え、どーしたの?先輩?』


 受話器に手をあてコソリと囁く。

「松田さん、ご飯食べました?」
「ふえ?ま、まだですけど」
「豚肉好きですか?」
「…まあ、好きですけど。」

 なら、決まりだ。それを聞いてニコリと目を細めた。



『ねー誰と喋ってるの?女の子とか言わないよねー?』


「じゃ、乗って下さい」
「えっ」

 俺は自転車に跨がり後ろを指差した。

「はやくっ」
「あっ、はい!」


『ちょっとせんぱ』

 ピッ。


 俺は無視して携帯を切ると、松田さんを後ろに乗せ、ペダルを踏んだ。


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