「あの、ほっ本当にすいません!私、」
「大丈夫ですよ。むしろ俺の責任でもあるんで。夜道は危ないし」
泣きそうな彼女に自転車を押しながら俺は微笑んだ。結局10時までバイトだった松田さん(さっき名前を聞いた)を家まで送ることになった。
よっぽど怖かったのだろう。松田さんは猫の鳴き声ですら、びくりと肩を揺らした。
俺の為に夜まで働くなんて、なんだか申し訳ない。
そういや最近、ここ周辺で不審者が出没しているのだとニュースでみたのをぼんやり思い出す。
男の自分には無関係かと思っていたら、こんな所で気にするとは嫌な話だが世の中まるく出来ている。
本当に嫌な話だが。
おかしい。なにか忘れてる気がする。でも思い出せない。
いつも通りコンビニでコーラを買った。それに今日は雑誌も。
でも何かおかしい。なんだ?俺は何を忘れている?
「村上くん?」
「え?どうかしました?」
「いっいえ。なんでも」
トゥルルトゥルルトゥルル。すると住宅街に俺の携帯の電子音がけたたましく響いた。誰だよ。
「すいません、出てもいいスか?」
「あ、はいっ」
ポケットから携帯を取り出し、右耳に当てた。
「はい もしも」
『せんぱーい!どこにいるわけ?今日は豚しゃぶでしょー!』
あ、これだ。
遡ること十数時間。朝の出来事だ。
「なあ椿、昨日肉買っといたから今日は豚しゃぶでもしろ」
「は?独りで?」
「んなもん、友達でも呼べばいいじゃねーか。あ、でも可愛い女連れ込むとかは無しな。にーちゃん泣くぞ」
「うぜーよ。早く出張行け」
「あはは行ってきます」
んで、料理出来る司を呼んで今夜は豚しゃぶだとか言ったな俺。
「忘れてた」
『ひどー!なにそれ俺ダッシュで先輩ん家来たんだよ。なのに真っ暗だし!』
うるさいな。あのヤロ、俺ん家の前で騒ぐなよ。ちっせーマンションだから響くだろ。
「悪かったって、あ」
『え、どーしたの?先輩?』
受話器に手をあてコソリと囁く。
「松田さん、ご飯食べました?」
「ふえ?ま、まだですけど」
「豚肉好きですか?」
「…まあ、好きですけど。」
なら、決まりだ。それを聞いてニコリと目を細めた。
『ねー誰と喋ってるの?女の子とか言わないよねー?』
「じゃ、乗って下さい」
「えっ」
俺は自転車に跨がり後ろを指差した。
「はやくっ」
「あっ、はい!」
『ちょっとせんぱ』
ピッ。
俺は無視して携帯を切ると、松田さんを後ろに乗せ、ペダルを踏んだ。