明くんの憂鬱



 人を好きになることは、もっと綺麗なものだと思っていた。
 幸福に包まれるマシュマロのような甘い夢。それは夢でしかないけれど。


「明、こっち向いて」
「…亮、や、んん!っふ」

 口と口を重ねても何故、虚しいのだろう。悲しいのだろう。

 俺は、幻に囚われている。

 これは不幸な幻だ。幻は、人を幸せにするものだけが全てではない。人の精気を吸いとり、悪夢を見せ続け縛りつけるのも、また幻。


 ならばこれは幻か?

 否、違う。これは現実。

 ここは現実で、俺は会社の控え室で電気も付けずに亮と口付けを交わしている。――なぜ?俺は男なのに。――どんなに姉貴に似てたとしても生物学上、俺は男でしかない。変えようのない事実。そして亮も男だ。なのにどうして、目の前の亮は俺を抱き締めているの?



 ここは俺達が所属するプロダクション本社の一室。俺も亮もこの会社でモデルとして契約している、まあ、契約社員だ。契約と言っても俺の親の会社だから、ここは小さな頃からの遊び場で。気がつけば、その遊び場が今の仕事場になっていたよくあるパターンだと思う。 そして、その昔からよく知る仕事場で亮と俺はなぜ禁忌に手を染めるのだろうか。


「ん、…ぷは、」
「くす。息、止めてたの?可愛いね」

 そう言って、離した唇から、滴る二人の唾液。罪の蜜。それは、俺達が汚れた証。よどんだ世界の現れ。ああ、これは現実か。


 上手く息が吸えない。くるし、い。

「泣かないで」
「……泣いてない」

「もう、またそういうこと言う。そうやって下唇噛む癖、アキが泣きそうなのを我慢してるときでしょ?」

 そう優しく言い当てられて、俺はゆっくり下唇に立てていた歯の力を弱めた。やめろよ。なんでそんな癖、知ってるんだよ。


「ばかじゃないの」
「罵倒される理由がわからないけど」

「…。亮きらい」
「知ってるよ?でも俺はアキが好きだから」

 そんな言葉を言いながら、ヘラヘラ笑うな。嘘つき。

「嘘つき」

「そう、俺は嘘つき。大好きだよ、俺の可愛いアキ」


 うそつき。だいすきってなに?



「可愛い俺のアキ、」

 そう言って大きな手と腕で抱き締められるのが嫌い。俺より11.3センチも高い身長も、俺より大きな筋肉質であったかい胸板も、俺にしか出さない舐めるような甘い声も、大嫌い。


「好きだよ」


 嘘。俺も好き。亮の全部が好き。

 好きだから嫌い。全部好きだから嫌い、亮が好きだから全部嫌い。嫌い。俺なんかを好きだと言うアイツが大嫌い。


「ふぅ…んっ、いや、きら…い」

 そして、亮を拒絶出来ない俺が一番大嫌い。



 消えてしまえ。



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