ああ、白い廊下が長い。
俺は重たくなった足を前へ進めた。別に授業を受けたくて保健室が苦手なんじゃない。休むことが逃げだとは思わない。違う。俺が苦手なのは、アイツだ。
印象的な黒フレームの四角い眼鏡に外ハネの髪、180センチ少し足りないぐらいの体格の良い白い背中。
あ、ちょうどあの人似て……て。う、わ。
「お。雪の弟くん、久しぶり」
「(…本人かよ。)…雪の弟って言うのやめてもらえますか」
保健室の前で俺を待つように立っていた男を睨んだ。
男は吉岡先生と同じ白衣姿だが、全然違う。吉岡先生が天使ならコイツは悪魔。
「ん?なんだよ。顔色悪いし、青白ーい顔してアキちゃんは生理か?」
「アキちゃんもヤメロ。相変わらず最低ですね、巧……先生。」
俺はもう一度、目の前の男を睨んだ。その男の名は高橋巧。今は保険医をしているが、昔うちの事務所でカメラマンのアシスタントのバイトをしていた。
しかも、その容姿から何度か撮られる方になる事もあり、スタジオで一番幼かった俺は巧のからかう相手にされていた。
ああ、思い出すだけでも腹が立つ。
奴は俺の大嫌いな人物。佐々木を巧と呼ばない最大の理由はコイツと同じ名前だったからだ。
…本格的に気持ち悪くなってきた。グニャリと視界が歪む。
「相変わらずとはつれねぇな。まぁ、んなとこ突っ立ってないで早く入れ」
「……、わ」
流れる様に保健室の中に押し込まれた。保健室は、サッパリした内装だが観葉植物がチラホラ飾られている。白と言うよりクリーム色の部屋内は落ち着きの光に満ちている。俺は小さな椅子に腰掛けた。
「で。どうしましたか?」
専用の椅子に座り、長い脚を組んでにんまりと笑う巧。手際よくファイルとペンを持ったのは記録する為の様だ。既にカリカリとペンが走る。
「…寝不足なだけです」
「ふーん、彼氏とヤりすぎで寝不足っと。アキちゃんも隅に置けない様になったんだな」
「は?!バカじゃないの!エロ教師っセクハラっ…」
「しー。声抑えろ。保健室では静かにって習わなかったのか?」
しーっと口をすぼめ、人差し指を薄い唇にあてる。
「え、あ」
「寝てるやつもいんだからな」
「す、すいません」
わっと自分の口を押さえた。ああ、そっか。ここ保健室だもんな。反省しながらキョロキョロと周りを見渡す。
ベッドにはカーテンがかけられてはっきり見えはしないが、人がいる気配はする。(寝てるのかも…)
「それにしても、アキちゃんに彼氏ねぇ。女は雪ちゃん以上の美人はいないから興味ないのか?」
「なっ!……違います。そ、それに彼氏なんていません。」
「何かを隠す時に声デカくなる癖まだ直ってないんだな」
「……う。」
口で勝てない俺は、黙り込むしかなかった。