いつからだろう
いつからだろう。
――ケンちゃん?
カトウ、久しぶりね──
「ケンくん?」
「ミカ、ここねじれてるよ。」
ふわりと微笑いそう言うとミカのストライプのエプロンが揺れた。ここはミカの家。築5年の安いマンションだ。
「あ。ありがと」
「ところでご飯まだかかりそう?俺、手伝おうか」
「あはは、ひとりで出来るよー」
40分経っても何も出て来ないのに本当にひとりで大丈夫なんだろうか。そう思いながらも、ぐるぐると鳴る腹を静かにさすった。
付き合い始めて二ヶ月。今日はミカの手料理を食べにやって来た。持ってきた雑誌をペラペラめくる。頭に一つも入らない。
こうやって彼女のミカと話をしてるのに、なぜ結衣が頭から離れない?
このモヤモヤは、何?
土曜日の夜からずっとだ。
急に細い指が俺の髪に絡んだ。白い指。俺の髪を見つめるミカの睫毛は長い。
「ミカ?」
「ケンくんはケンくんだよ」
「え?」
ストンと俺の隣に座り、きつく抱きしめられた。クッションが二人の体重分だけ沈み、フワフワした髪が鼻をくすぐる。
どうしたの?
「ミカ?」
「私のケンくんだよ。忘れないで」
「忘れてないよ?どうしたの」
「なんでもない」
それだけ言うとミカは愛くるしい笑顔で台所へ向かっていった。まさかモヤモヤが気付かれたのだろうか。普段通りにしてたのに。
女のカンとは恐いな。
俺はばつが悪くて誰も見てないのにグシャグシャと髪をかきあげた。
初めてミカと話したとき、笑顔が可愛いと思った。綿菓子の様に甘く無くなってしまう気すらした。真っ赤な顔で告白された日から俺はこの笑顔を守るんだと思った。
「(…ちょっとだけど迷ったりしてごめんなさい)」
とりあえず、焦げた臭いがするあの料理を全て食べ切ってやろう。俺はそう誓った。
END