あとに残ったのはひとつの



「…なにしてるの?」
「あ、昂くん」


 どこもかしこも甘い匂いが漂っていた。そんな街を一瞬にして愛に包んだセントバレンタインディは先月の話。

 で、今僕が何をしてるかと言うと、そのお返しをする為に回っているところだ。ええ、律儀ですとも。そうでもしないと、女性は何をするか分かりませんからね。


「ねえ、何をしているの?」

 そして、冒頭部分に戻る。彼は僕を真っ直ぐ見つめているが、いつもの柔らかい微笑みは無い。しかも、心なしか声も冷たい気がする。なぜ?


「あら、恋人の浮気現場に遭遇、みたいな?」
「はい?」


 彼女にそう言われて状態を見回せば、僕の両手はお返しのプレゼントで塞がり、そして彼女の両手もプレゼントで塞がっている。つまり、愛しい恋人に愛の贈り物を送るかのように僕たちはひとつのプレゼントを持ち合っていた。

 あれれ。ちょっとこれは、良くない雰囲気が…、

「あのですね、すば、岡部くん、これは」
「すごく仲が良さそうですね、先生達。…失礼しました」


「え、昴くん!」

「くふふふ、くふふふ」

 残されたのはプレゼントを持ったままの僕と、腹を抱えて不気味に笑う柏木先生。


「もう、先輩!僕のこと助けてくれたっていいでしょ!」
「ごめんごめん。だって君達面白いから。くふふふ、くふ、」

 意味わかんないし!笑い方気持ち悪いし!

「あら、追いかけるんじゃないの?」
「…追いかけれると思います?」

 彼は生徒で僕は教師なんだよ。いや、まだ実績も何も無いペーペーの非常勤講師だけど。


「思わないわね」
「…ならなぜ聞くんですか」

 もう泣きそうなんですけど!

「そんなの決まってるじゃない」

 え?

「面白いからよ」
「そんな事だと思いました!他人のことだからって面白がらないで下さい!」

「あら、アタシは君達を他人だと思ってないわよ」


 え?先生?


「身近にこんな昼ドラがあるなんてねー」
「柏木先生のばかー!」

 僕の叫び声が昴くんに届くことは無かった。


END


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