「いきたい」
「…」
「ねえ、だめ?」
僕の声に昴くんの眉がくしゃりと歪む。子供特有の柔らかそうな髪で眉の大半は隠れているけど、何となくわかった。僕、変な事言ったかな。
「…今から買い物?」
「そう。行きたいの。お願い。」
「なんで、急に。」
「だって、もうすぐリコさんのお誕生日でしょ?」
リコさんと言うのは昴くんの母親の凛子さんことだ。僕は小さい頃から彼女のことをそう呼んでいる。
「そうだっけ?」
「もう、自分の母親でしょー!」
「知らないあんな人」
「コラ、怒るよっ」
いくら親子で意見の衝突が多くても、親を大切にしない言葉はダメだと思う。そんな僕の口からは反射的に叱る言葉が出て来た。すると、口をへの字に曲げて最大級の嫌そうな顔をした昴くんと目が合った。
「…なんで向こうの肩を持つわけ」
「何言ってるの?僕はリコさんの従兄弟だもん。当然でしょ」
僕は一人っ子だけど頼れるお姉さんだったリコさんがいたから寂しくなかった。そのことは僕の両親は勿論、僕自身もとても感謝している。
「ふーん。それじゃあ大好きな従兄弟の、それの息子なだけの僕には興味ないわけですか」
「どうしてそういうの?僕は、昇くんのお母さんだから誕生日のプレゼントだって考えたいんだよ」
そんなリコさんの子供が生まれるってわかった日は本当に嬉しくて発狂したっけ。幸せってこんな風にやってくるんだって思ったら表現せずにはいられなくなって、思わずリコさんをハグしたっけ。そして、昴くんが生まれた日はもちろん感動した。今だから言えるけど、そんなリコさんの息子にこんな感情を抱くなんて、あの時は考えられなかったな。
今だに思い出してもあの瞬間は泣けるんだよね。あんなちっちゃかったんだもん。
「…ねえ、別のこと考えてるでしょ、僕、まだ怒ってるんだけど」
「え?なにが?」
昴くんと目が合い、ハアーと溜め息を吐かれた。え?なになに?
「……なにもないよ。なにも」
「え?昴くん?」
どうしたの?僕は昴くんのシャツの裾を掴んで、顔を見上げた。昴くんはゆっくり僕の手を掴んだ。
「ん?なに?」
「あ、えと、どこいくの?」
そして昴くんはにっこり微笑む。
「ん?なんで?買い物行くんでしょ。一緒に行くから僕は着替えてくるよ。ちょっと待っててくれる?」
「あ、はい!」
僕はなぜか正座のままで昴くんの言葉を聞いていた。そして、昴くんの後ろ姿が扉で隠れた時に何かがドキンと胸をうった。
え、昴くんなんかいつもと顔が違ってなかった?き、気のせいかな?そうだと言う事にしておこう。それにしても、リコさんに何買おう。そもそもどこへ行こう。最近新しいアウトレットモールが出来たからそこに行こうかなあ。
あ、これってデートかも。
END
(2010.10/05〜2010.11/28::加筆2013.8/17)