とける想い


 俺には昔から「好き」という感情を疑問に思っていた所があった。
 人はなぜ恋愛をするのだろうか。恋愛とは何か。そもそも恋って?

 人が人を好きになる。そして結ばれる。そんなの理想論じゃないのか?

 両親なんてみえみえの政略結婚だったし、二人に愛などないのは知っている。

 誰も教えてくれやしないが、好きなるって何を基準にして人は言うのか。


 そしてそれをどうして恋と呼ぶのだろうか。俺にはわからなかった。




 そんな思いと寒い日が続く1年の春休みのことだった。




「ホワイトデー?」
「うん」

「ホワイトデー?」
「そう」


「えっとホワイトデー?」

 また同じ言葉を繰り返した。思わず首を傾げると、目の前で一粒のマシュマロを差し出す学年1の美少女、翔子ちゃんと目が合った。

 ここは生徒会室。先輩に頼まれて二人でプリントを持って来たのに誰もいない。ひとつ上の執行部の先輩もいなければ、あの小煩い真椰ちゃんもいない。ふたりきり。静かだ。翔子ちゃんは当たり前の様に真っ赤なソファーに座っている。

「…いらないの?」
「い、いります!」

 俺はぶんぶんと首を横に振り、小さなお返しを優しく受け取った。

 翔子ちゃんのぽってりとした唇に挟まれた小さな口が「どうぞ」と動いたのが目に入った。漆黒の髪がツヤツヤと滑らかに輝いている。

 それにしても翔子ちゃんはあまり日本語を喋ろうとしない。着物が似合う顔立ちのくせに海外暮らしが長いせいだとリュウが言っていた。

 本人曰く、これぐらいでちょうど良いらしい。
(よくわかんないけど…)

 話を戻すけど、翔子ちゃんは何のことを言っているのだろうか。俺、バレンタインとかあげてない気がするんだけどな。


 そもそもこの日本で、男の俺が恋人でもない翔子ちゃんのためにチョコレートあげるのって変でしょ?


 にわかの疑問は発する事もせず、口に含んだマシュマロは溶けていく。甘い。

「ありがとう翔子ちゃん」

 こちらをじっと見つめていた少女に、そっと微笑んだ。


「ねえ、…チカ」
「ん?なーに」

「今日、お返しする日」
「えっと、誰に?」

「…大切な人に。だか、らチカ」


「え、」

 若干間違えてる気がするけど、多分ホワイトデーって、チョコレートをくれた大切な女の子にお返しをする日って意味だったはずだけど、…ま、いっか。

「チカ、たいせつ」

 花のように微笑む翔子ちゃん。残りのマシュマロをもぐもぐと口にほおりこんでいる。長い睫毛がぱたぱた動いた。


「(…かわいい!)」

 ああもうホワイトデーを考えた日本のお菓子メーカーの人ありがとう!
 もう本当にありがとう!

 思わず、顔が緩んでふやけた笑顔になってしまった。ありがとうと繰り返す。
「ふふ。やっぱり、ヒロに似てる」




「(…え?)」

 花の様に微笑む翔子ちゃん。その刺が俺の中心を貫いた。


 また、あの人?

「チカ、いつも、笑顔 ね」

 幸せそうに俺を見つめ、マシュマロを口に運ぶ。

 笑顔なんて、どうでもいいんだ。これは、君のため。笑って欲しいから俺は笑うんだ。


 なんて言えない。停止しかけた脳みそを悟られないよう必死にフル回転させた。出た答えが、ありったけの嘘笑い。

 どうか気付かれませんように。


「あはは、そーかなー?そんなにその人に似てるの?」
「…似てる」

 甘い。苦い。甘い。

「そっか」
「あと、」
「ん?」

「…リュウからも「ありがとう」て。」

「…そっか」

 リュウは知ってたんだよね、やっぱり。
 俺が笑う理由。翔子ちゃんが好きなこと。


 リュウだって翔子ちゃんが好きなはずなのに。
 翔子ちゃんの笑顔の為にリュウだって笑っている。実の兄の死をそう簡単に乗り越えられる筈が無いのにね。優し過ぎるんだよ、リュウは。


「ね、チカ」
「ん?」

「ありがと」
「うん」


 彼女を守れるなら今はこれでいい。今は心からそう思える。

「(…マシュマロ甘いな。)」


 恋の答えはまだ出ない。高校生初めてのホワイトデーは甘くてほろ苦かった。
END
2009.03/14
(ホワイトデー企画作品)



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