さくら ひらり
気が付けば、それは恋。
思い出せば、それは愛。
でも泣きたくなるのは、どうして?
『翔子ちゃん、好きだよ』
ねえ聞いてヒロ、私
『翔子ちゃん、笑って』
ヒロ、あのね私ね
『翔子ちゃん、ありがとう』
貴方が好き。私も好きなの。
『翔子、ごめんね』
そう伝える前に、あの歌のように貴方は私の目の前から消えてしまったけれど。
私の世界を変えたのはいつだって貴方だったのに。アメリカで独りだった私を救ってくれたのはヒロだった。だからなのかな。あまりにも現実は苦しくて世界が真っ暗に見えた。
幼さが原因なのか私もリュウもそのヒロの死のショックで塞ぎ込んでしまった。
膝を抱えて毎日泣いた。
暗闇は完全に晴れはしない。いつも私の心に存在し続けた。本当は今もそう。でも、リュウと二人ならまだ平気。
歩き出せる。
奮えながらも手を差し延べてくれたリュウ。リュウがいたから今の私がいる。
「ショーウ」
「あ、…切ってる」
「ん?」
リュウは私を見つけ駆け寄るといつもの笑顔で微笑んだ。
リュウに会うのは一週間ぶりだ。向こうじゃ一日会わないのも考えられなかったのに。リュウは何かを守っている。だから私には笑顔をみせた。
「…髪きれいね。」
「ああ。これ、ありがとなショウ」
「あ、うん」
艶やかだった金色の髪を茶色に染めた短髪姿のリュウは、小さなパンダの飾りが付いた髪ゴムを私に渡した。手の中のものを確かめるようにぎゅっと握りしめる。
これは、リュウに貸していたもの。
ヒロが私にくれたもの。私に似合うと言って無理矢理病院を抜け出して買ってきてくれたもの。大切な大切な宝物。
「こっから頑張るから、俺。」
「リュウはリュウのままで、いい」
「なんだよショウ、力抜けるだろ?」
「力抜かなきゃ。リュウは、りきみすぎ」
桜が散っている。静かだ。いつもは騒がしいであろう校内やグラウンドも、今日は静かだ。
「そっかあ?ありがとな」
「…うん」
ひらり、ひらり。ヒロも桜が好きだったよね。いつも日本が恋しいって言ってたっけ?その日本にいるのよ私。ああ、春の匂いが鼻を掠める。心地好い風が私の髪を揺らした。ふわりとなびく。
私たちは明日から高校生だ。末期患者のヒロが出来なかった高校生活を送るんだ。
また、新しい風が吹いた。はらり、桜が舞う。
「とりあえず、来年には生徒会長になるわ」
「うん」
「親、安心させないとな。俺が跡継ぎだから」
そう言った語尾は小さかった。真っ直ぐ、遠くを見つめるリュウ。きっと今も家は大変なはず。なのにリュウは私のそばを離れない。「うん」
「頑張ろうな」
「……、」
「ショウ?」
「私、…頑張れるかな」
大丈夫だろうか。なぜだろう、私は私がわからない。抜け殻だった頃は脱出したはず。でも、表情が作れなくなった。いつも氷のように無表情だ。自分でも思う。顔の筋肉がおかしい。
リュウは表情のこと触れてはこないけれど。
「とりあえず、ショウは日本語マスターしなくちゃなー」
「英語だけで充分よ」
「はは、」
今だって英語だけで成り立ってるし。リスニング能力はあるから大丈夫でしょ?
「ショウ」
「ん?」
「頑張って生きなきゃな。兄貴の分も」
「……」
「なんだよ?」
「…脈絡がないわよ、リュウ。でも、」
「でも?」
「一緒に生きていこうね。」
「……ああ。もちろん」
前に進むのは怖い。味方が少なければ余計。でも、進むんだ。リュウは進もうとしている。
ヒロ大好きだよ。
『翔子、愛してくれてありがとう』
あのときは涙で前が見えなかった。
ねぇヒロ。来年の墓参りまで、そっと見守っていて欲しいです。
「リュウ」
「んー?」
「桜がきれい」
「ああ。そうだな」
ありがとう。
ヒロ。私がんばる。