興味なんてありません

 すると、背中の方から数回、扉をノックする音が聞こえた。だが、ドアを開いて入ってくる気配がない。なんだろうか。

「あー来たな。ユウちむ、悪いが開けてくれるか?」
「はっはい」

 リュウさんがさりげなくそう言ったので俺は俊敏に動いてしまった。金のドアノブに手を掛けゆっくり引くと、黒の扉の外から光が差し込む。


「…いつもより遅いじゃいか。木村居るか?」

 どうやら、声の主は黒の扉が開くのを待っていたらしい。俺は暗闇の壁から身を乗り出して声の主を確認した。…やっぱり。女性だ。でも、あれ?生徒じゃない。スーツ着てるし。


「これはこれは今日もお美しい新島先生。まさか視力落ちた?目の前に座ってますけど」
「…相変わらずウザいなお前。ほら、この前言ってた資料持ってきてやったぞ。それから…うわっ!こ、小林じゃないか!」

「へ?」
「会いたかったぞー!」

「うわわ」
 俺が扉を閉めたのと女性に自分の名前を呼ばれたのと抱き着かれたのはほぼ同時だった。え?なんだっ!


「やっと会えた」

 女性に抱きしめられている。そう認識出来たとき、俺の純情な心臓はドキリと高鳴った。(俺って意外と若いんだな。さすがにたちはしないけど。)


「あっ、あの?」

 するりと伸びた彼女の腕が俺の背中に絡まる。ダメだ、動けない。

 そもそも誰ですか?



「…新島せんせ、せくはら」

 ショウが赤いソファーの上でぼそりと呟いた。その言葉でみんなに見られていることに気が付いた。恥ずかしすぎる。俺は急に目を泳がせた。きっと耳まで赤くなっているのだろう、顔が熱い。

「あの、離してもらってもいいですか?」
「…ん?ああ、悪い。つい」

 抱き着いてきたその女性はゆっくり俺を離すと、「悪いな」と言って、にこりと微笑みかけた。俺も反射的に繕い損ねた笑顔をみせる。口角が上手く上がらない。

「あの、」
「お前、居るなら言えよ!びっくりするだろー!」

 豪快に笑いながらバシバシ音が鳴る程、背中を叩かれた。痛いんですけど。

「え えっと、すみません(抱き着かれた俺の方が驚いたんだけどな…)」
「ふふ、さらに男前になったなー」

「あ?え、」

 “さらに”って、向こうは俺のこと知ってるみたいだけど、俺は知らない。さっきリュウさんやショウも先生って言ったよな。先生?こんなに若いのに。

 さっきチラッと見えたけど、うなじ綺麗ー。見るからにキャリアウーマンって感じで。この人も、綺麗な人だ。

 それにいい匂いもしてたし。



「…まあ、床が毛の海だがな。掃除はしろよ」

「は、はは」

 俺は黒い床を見つめ、苦笑いを浮かべるしかなかった。




「そーらちゃん。ご用はそれだけ?資料渡すぐらいならここに来ないでしょ?」

「おお、近沢。相変わらず美人だな。ああ、小林を見に来た。そしたらさらに男前になってるしー」
「ふふ、思わずハグするぐらい?」
「ああ。なあ小林、私の養子になって私専用の鑑賞人形にでもならないか?」

「なっなりません!」

 美人なのにっ!どんな教師だ。かっ鑑賞人形って!

 こわ!


「そうか、残念だ。結人の次に可愛がってあげるのに。」

「…結人?」

 結人って誰だろう。また新しい人の名前だ。首を傾げるとチカさんがこっちを向いてニコッと優しく笑った。

「国語の山賀先生だよ。そらちゃんの旦那さんなんだー」

 チカさんはそう言ってまた微笑む。山賀?俺はぼんやりその人を思い出そうと試みた。たしか、結構細身の若い優しい声の男性だ。あの人がこの人の旦那か。え?旦那?


「旦那さんって」

 結婚してるのかよ。二人とも若いのに。あ、でも夏子さんと同じぐらいか。っていうか結婚してるなら急にハグとかするなよ。教師のくせに。


「お前ほど男前ではないがな、結人は可愛いぞー」
「…(言い方が親父に似てるこの人)」


 笑いながら新しい妻を自慢する親父の顔が頭を過ぎった。いつもは厳しい顔で仕事をしてるくせにこの時ばかりは鼻の下伸ばして馬鹿みたいに笑うアホ親父。

 …嫌なことを思い出してしまった。




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