真夜中の電話
こんな深夜に他人からの着信は常識的におかしいからだ。
夏子さんか?
「…はいもしもし」
『あ、優くんげんきい?』
「きるぞ」
なんで親父から電話が来るんだよ。
瞬間的な拒否の言葉を吐いて受話器を戻そうとした時、そう言えば初めてかもしれないと思った。親父から俺に連絡してきたことって一度もないんじゃないか?
母さんが死んでから益々、仕事人間になってしまった親父は連絡はいつもメモを残すのみだった。
「な、なんだよ、用がないなら切るぞ。」
面と向かって話すのすら経験がない気がする。口喧嘩で誤魔化してしまう。まだまだ俺もガキだ。今だって、素直になれない。
『なんだー、もう女連れ込んでるのか?』
「ちげーよ、バカじゃねぇの!」
前言撤回。何かを期待した俺が馬鹿だったのか。
『ふーん。私、優くんに言い忘れてたことがあるのー』
無理やり作り出した高い声。「優くん」と呼ぶのは夏子さんの真似だろうか。一々うざいんだよな、親父って。
「本気うぜえな、なんだよ」
『ひっどーい、そんな優くんに大切なお約束よ。一人暮らし続けたかったら、学校のテストの度に学年10位以内キープしとくこと。それに入らないと即、そのマンション解約するから。えへ!』
「……、は?」
この馬鹿、サラリと今なんて言った?
『あ、びっくりしてるー』
「馬鹿も休み休み言えよ、馬鹿親父」
『その馬鹿親父とそっくりな顔してるのよん、優くん』
「…揚げ足とんなよ。」
俺の一番嫌な事実を持ち出すな。鏡を見る度に溜め息が出る俺の身にもなれ。それにしても電話越しから馬鹿が染りそうだ。もう嫌だ。はやく、きりたい。
『用件はそれだけだから。とにかくそれは守れよー』
「オイ、冗談じゃねぇのかよ」
『さあ?テストサボって、公園で段ボール暮らしも楽しいかもしれんしな。』
奴は、参ったかとでも言うような言いぐさで笑っていた。
いつのまにか普通の口調に戻ってるし。この人の相手をするのは色んな意味で…まじキツい。
「親父と喋ってると疲れる。」
『なんだとー、なつこは毎日が楽しいと言っていたぞ』
はあ?そりゃ、新婚なんだから当たり前だろ。いちいち言わせんなよ。
「…夏子さんはネジ一本どっか行ってんじゃないのか?」
『そんなことないぞ。なつこはいい体してるからな』
「ばっ、バカじゃねぇの!」
『なんだー?照れるなよ、思春期か?』
「テメェがそんなだから出て行くんだよ、アホ親父!」
本当にばか!
『なつこが心配してるから月に何回かは電話してこいよー』
「無視かよ!」
はっはっはーと向こうで笑い事がする。もぅ疲れるよ、まじで。
なんて思い出すだけで疲れる親父と交わした約束。流石に段ボールは嫌だから必死こいて勉強した。転校初日から先生や友達に聞いて、そして俺は学年末テストで見事2位になった。テストまで時間が無かった為、所詮付け焼き刃だったが俺より上がいるのかと驚いたのは確かだ。
…でもまあ、とりあえず良かった。