りり…ん



窓辺に飾られた風鈴が涼を告げる。
パタパタと手で扇ぎながら名前は、ふぅ…と溜め息を一つ。



「暑い…」

「夏だからね」

「仕事しなくていいの?」

「こんなに暑いのにやってらんないよ」

「直ちゃんは走り回ってたよ?」

「陽日先生は人間じゃないんだよ」

「………」


確かに直ちゃんのタフさは異常だけど、郁の職務怠慢ぶりも如何なものだろう、とは言えなかった。

一見、穏やかな会話。
けれど穏やかでないのは本人たち。

窓辺に座る名前を背後からピタリと貼りつくように抱き締める郁。
眉間に皺を寄せる双方。


(確かに郁を放置しちゃった私にも落ち度はあるけど、これはちょっと…)


久々に訪れた母校と恩師たちに名前は嬉しくなって、当初の目的であった“旦那様のお迎え”をすっかり忘れてしまったのが悪かった…

いつになっても待ち合わせ場所に訪れない愛妻を心配した郁が学園内を探しまくれば、当の本人である名前は冷房の効いた保健室で麦茶片手に楽しく談笑中。

そして一言


「あれ?郁だ。血相変えてどうしたの?」


と無情な言葉が夕闇に響き、ショックと淋しさから郁は名前から離れようとせず、今に至る。





「名前にとって僕って何なんだろうね」


ポツリと零された言葉が名前に更なる罪悪感を突き付ける。


「そんな大袈裟な」

「じゃあ、答えてよ」


(何…この甘えたがり)


「私にとって郁は、かけがえの無い大切な人だよ」

「でも放置した…」

「それは!」


言いかけて言葉を飲み込む。きっと今の郁には何を言っても逆効果…




「ねぇ、そろそろ夕食の支度したいんだけど」


恐る恐る話し掛ければピシャリと一言。


「まだ駄目」

「何が駄目なの」

「僕が」

「郁が駄目でも夕食の時間は迫ってくるんだよ」

「僕より夕食なんだ…」

「何、その屁理屈」


子供の様に駄々を捏ねる郁に名前も困り果て


「お詫びに今夜は郁の好きな物を作るから」


ご機嫌取りに手段を変え、食べ物で釣ってみようと言ったこの一言が不味かった。
名前の言葉に、背後の駄々っ子はピタリと動きを止め




「ふうん…じゃあ、お願いしようかな?」



ニヤリと微笑み、そのまま体重をかけて名前を押し倒す。


「ちょっ!?」


突然の出来事に驚きながらも反論しようとすれば、すでに二人の距離は息がかかるまで近づいていた。


「だって僕の好きな物を食べさせてくれるんでしょ?」


耳元で甘く囁かれれば、背筋がぞくりとする。


「そういう意味じゃ」


ない!と言いかけた唇は郁により塞がれ、反論が出来なくなってしまう。

獲物を見つけた海賊には白旗を上げるしかない…と悟ると、ふぅ、と溜め息をつき




「美味しく食べて下さい」


残したら許さないんだから!と強気になってみれば
「上等だね」と笑われた。




こんなベタな展開、望んでないのに
(それでも許してしまうのは愛ゆえに?)



end.
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テーマ「人外ファンタジー」
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