夜中、ふっと時計を見るともう日付が変わる一分前だった。私は自分のタイミングの良さに苦笑いし、時計をうつ伏せに倒した。受験生の私には関係のない事だと考えないようにしていたけれど、どうやら潜在意識が働いてしまったようだ。そう、私は、あと数十秒で18歳を迎える。
今日一日中机に向かっていたご褒美だと、椅子を引いて、室内の隅っこにある小さな冷蔵庫から大好きなライム味の炭酸の缶を取り出す。ぷしゅっ、夏らしい爽やかで弾ける様な匂いと音が静かに響いた。

「誕生日おめでとう」

缶を持った右手を天井の電気に向かって高く突き上げ、さて飲もうかと息を吸った瞬間、窓からコンコン、と控えめな音がした。声にならない悲鳴を上げて、私は抜き足差し足で窓に向かう。大丈夫、窓の鍵は閉めていたはず。カーテンの端っこを少し持ち上げるとやけに白い腕が見えた。おそるおそる先を辿ると、腕は隣の家の窓から伸びていて、腕の主は1つ下の幼馴染の梓だった。私は安心し、カーテンと窓を全開に開け、微笑む。

「梓、帰ってきてたんだね」
「あれ、聞いてなかった?」
「あー聞いてたかもしんないけど、記憶にない」
「相変わらず馬鹿だなあ」
「違うよ、勉強でいっぱいいっぱいだったんですー」
「はいはい。ね、今外出れる?」
「あーなん、あ!」

梓が、私の手から缶を取り上げ、何も言わずに口に含んだ。あーあ、私の楽しみが。がっくししている私に、梓は首を傾げながら、またずずっと啜った。そして、気付いたように、あ、と声を上げた。

「もしかして、これ勉強の楽しみか何かだった?ごめん」
「今更返されてもねえ」
「いいじゃん。昔はよく回して飲んでたし」
「いやーもう私達も大きいしね」
「へー意識しちゃうんだ」

悪戯っぽい笑みを浮かべた梓の赤い舌がちろり、と見え隠れした。それに、私の心拍数がドドッと早くなる。うわー梓もそんな表情しちゃうんだ。男の子って子供っぽいとか思っていたら、いきなり大人になっちゃうんだよね。私のお兄ちゃんもそうだった。まあお兄ちゃんの場合は彼女さんと一線越えたからだけど。あれ?じゃあ梓も?いやいや、梓の学校は男の子ばっかだった気がする。いや、可愛い女の子が1人いるって聞いた気もする。うーん。

「で、外出れる?」

いつの間にか、梓はこちらに身を乗り出して、お互いの鼻がくっつきそうな位の位置にいた。ドアップで見ても、やっぱり梓は可愛い。でも、少し男の表情に近付いたかな、って。

「梓近い近い近い!」

顔を押しのけると、梓はつまんなそうに笑った。その笑い方でさえ、なんか魅力的というか。あー1人だけ動揺して凄く恥ずかしい。顔に覆うように手を当てると、熱を持っていた。

「顔真っ赤」
「恥ずかしいから見ないで下さい〜」
「可愛いよ」
「………」

ちょっと、本当にこの子一線越えちゃったんじゃないの。それか暑さで頭が参っているのか。昔はさらりとそんな事いう子だったけ?

「ほら、いつまでも固まってないで。早く外に出ようよ」

誰のせいだと…!私OK出した記憶ないし!指の隙間から盗み見た梓は、無邪気な笑顔をしていた。子供か大人かはっきりして欲しい。調子が狂うなあ。

…☆☆…


梓に連れて来られたのは、近くの海だった。小学校の夏休みはよく来ていた事を思い出す。磯の香りが懐かしい。ザザン、ザザアンと時々波が私の足元近くまで押し寄せてきた。靴が比較的新しいので、私は完璧に足が浸からない様注意しながら、楽しそうに波打ち際を歩く梓の背中に声を掛けた。

「用があったんじゃないの?」
「ん?」

波の音が大きくなり、私の声はかき消されてしまった。梓は、くるりとこちらにターンしてなあにと言った後、また前を向いてしまった。私は、また波に飲まれない様に、先程より声を大きくして再び尋ねた。

「だからー用があったんじゃないの!」
「ああ、別に特にないよ。ただ、窓の外を覗いたら部屋の電気が点いてから気分転換にと思ってねっ!」


ばしゃっ。梓は足元の海水を掬い、私にかけた。顔にかかったもんだから、口の中がしょっぱい。それに、服にもかかって気持ち悪い。

「ちょっと!受験生に何してんの!」
「うわっ」

私も負けじと梓に海水を数回かけてやる。顔に見事二回ヒットして、私はざまあみろと笑ってやった。梓が服の端で拭いながら、低姿勢になって本格的に私にかけだした。私も前が見えないながらも、反撃を開始する。無言の戦いが続き、最終的に私が勝者になった。梓が、海草ですべって尻餅をついたのだ。

「うわーこけてやんのー!ださーい!」
「笑っていられるのも今のうちだよ!」
「わっ!」

腹を抱えて大爆笑していると、梓が急に私の足を思いっきり蹴った。体制を崩した私は、尻餅をつく。梓は立ち上がり、指を指して笑った。痛みに耐えつつ、怒りに身を任せて突進し、梓を押し倒したおす。しかしぐるりとそのまま回られ、梓が私を押し倒す格好になってしまった。梓は私の瞳を覗き込むようにして、くすくす笑った。梓の髪からしずくが垂れてきて思わず身震いをした。

「僕の勝ち」
「いーや、認めないね!梓ずるすぎる!」
「どっちが。さて、何くれる?」
「意味分かんない。それに何も持ってないし」
「どうかな」

梓の指が私の唇をそっと撫でた。今考えると、この体制ってかなりまずい。慌てて逃げようとするけど、がっちりロックされて抜け出せない。だんだん梓の唇が迫ってくるのが分かって、目を瞑るべきがどうか迷って視線をきょろきょろさせているとある事に気が付いた。

「梓!見てみて!流れ星たくさん流れてるよ!」
「ちょっと空気読んでよ」
「だって凄い綺麗…あ、また流れた」
「知ってるって。流れ星見せる為に来たんだから」
「用ないって言ったくせに」
「いちいちうるさいな」

梓は、流れ星に夢中になっている私にあーあとため息をついて、横に座った。私も起き上がって体育座りになり、夜空を見上げる。

「ハッピーバースデー。遅くなったけど」
「あれ、覚えてくれてたの」
「まあね、誕生日プレゼントはこの夜空と」
「うん?」

私は半分上の空で相槌を打った。折角の誕生日プレゼントを目に焼き付けておきたくて。ぐいっと視界がぶれて、ちゅっとリップ音が響いた。遅れて、唇にやわらかい感覚が宿る。

「僕」

呆然となっている私に味を占めたのか、梓はまた砂浜に押し倒した。

「えっ?ちょっと」
「何、不満があるわけ?」
「そういう訳じゃない、気がするけど、まだ早くない?まずはお互いの事をよく知ってから」
「もう十分知ってるよ」
「せ、せめて受験が終わるまで待って…!」

しょうがないなあ、と梓は笑いながら私を起こして、今度は頬にキスをした。…私、無事に合格できるかな。とりあえず流れ星に、合格祈願でもしておこう。





end.
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