おかしいことくらい頭では解っているけれど。理性と感情が違うってはっきり認識させられていて、まるで水の中をもがく様に苦しい。
 空は晴天で、水性絵具を水で溶いたような透明な色をしている。
 「黒子っち」
 「なんですか」
 隣で一心に本を読んで没頭しているのかと思えば、すぐにハッキリとした返事をしたからきっと黒子っちも気温だけが8月のままのこの暑さにうんざりしていたんだろう。
 「昨日の電話忘れてくださいっス」
 好きな人がいると打ち明けたのは昨日の夜、まだぎりぎりで日付が変わる前だった。部活が終わって、自主練もして、撮影もなく家に帰って久しぶりの空白の時間。宿題はやる気が起こらず、授業中に片づけてしまえばいいかと鞄を放り出すと思考回路を占領したのは、バスケと、
 「そんな簡単に忘れてしまえるほど、気楽な話じゃなかったです」
 「ごめん、ね。黒子っち」
 「彼はバスケとセミとザリガニ以外だったら君が一番好きだと思いますよ」
 脳内をぐるぐる回るのは青峰大輝の名前だけ。どうしてだろう。おかしい。叶うわけないのに、願い続けて苦しくて、とうとう自分だけじゃ納めきれなくなるほどの気持ち。
 「比較おかしいっスけど、本当っすね」
 はは、と笑って見せるけれど無駄に乾いて聞こえて、好きという気持ちにおぼれている自分を自覚させられて、また涙がぼろっとこぼれた。なさけない。
 「君のいいところでしょう。好きなものに一途って」
 自信持ってください、と空中に消えてしまいそうに付け足された声に顔を上げると、いつもより黒子っちが小さく見えた。力がでないような、そんな顔をしている。昨日の俺の電話で、一晩眠れないほど悩ませたんだろう。黒子っち、ごめんと再び言い終る前に黒子っちがハッキリとした声で呟いた。


「なんで僕じゃないんですか」

(きみの好きな人が、僕であれば)