#1

 桜はもう、昨日が一番の満開だった様子で、枝が風に揺れる度に無数の花弁が舞落ちる。私は息を切らしながら、自分よりも、そしてここにいる他の誰より高い背中を追いかけた。彼の綺麗な髪色が桜吹雪に映えている。すっと伸びた背中は、桜の枝に当たらないよう時々身を傾げている。
「緑間くん、待って!…みどちん!」
「その呼び方はやめるのだよ」
 わざとむっ君の呼び方を真似すると、それまで見向きもしなかったのに、緑間君案の定、急に立ち止まり、あからさまに不機嫌な顔をしてやっと振り返ってくれた。
 今日は高校入学式。既に式を終え、各自教室で担任との挨拶があり、終了したクラスから次々に新一年生が出てきてる。写真を撮ったり、先輩たちの部活勧誘で騒がしい校庭を大きな歩幅で突っ切る緑間君を追いかけて走ってきた。秀徳高校への進学を決めた帝光中生徒は少なく、その中でも私の顔見知りは緑間君だけだった。期待と不安の春、というよりも、すでにホームシックになりかけている。新しい担任の「じゃあ解散」という言葉とともに席を離れ、奇しくも同じクラスになった緑間君に早速声をかけようとしたが、既に彼は教室を出ていくところだった。

「急いで出ていくから、もう部活行くのかと思った」
「…行く必要はないのだよ、もう入部は決まっている」

 眼鏡をはずしてレンズに張り付いた花弁をとる彼の顔は、嬉しくなさそうだった。その成績と素行、バレー部での活躍を買われて秀徳にきた、それは、彼にとって祝うまでもない当たり前のことで、なんの感慨もないようだった。

「帝光のみんなと離れて寂しくない?」
 一瞬動作が緩やかになり、彼の視線がするりと私に向けられた。聞き流されるのかと思ったが、ゆっくりと言葉を選んでいるようだった。
「いつかはなれてしまうだろう」
 眼鏡をかけ直すと、彼は先ほどよりもペースを落として歩き出した。ついて行ってもよい、そう勝手に解釈した。いつかはなれてしまうだろう。いつか離れてしまう、なのか、いつかは慣れてしまう、なのか判然としなかったけれど、きっとどちらの意味でもあるんだろう。親しい友達と離れて、新しい環境に慣れる。
「お前は桃井と離れてよかったのか」
「寂しいよ、でも受験で必死になってたら別々の高校になってた」
「それは人事を尽くしきれてないのだよ」

 枝と花弁に当たらなかった陽の光が、模様を作って緑間君に陰影をつけていた。見上げるときついくらい背が高いのに、それでも見てしまうほど緑間君は綺麗な男の子だった。幾分やさしくなった声に、桃が「真ちゃんはいい子だよ」と言っていたことを、ふと思い出した。

「高校では人事を尽くすのだよ」
「真似をするな、なのだよ…」