バイト先のコンビニに、いつも来る子がいる。
 買うものはほぼお菓子。ぼんやりしていて、よく金額を間違って払おうとする。五十円玉を百円玉と間違ってたり、千円なのに五千円を出すから、顔を覚えてしまった。紫色の髪がすごくきれいで、目立っていたから、尚更。

「名前ちゃん、おつかれー」
「店長早いですね」
「うんー、早く本社と連絡ついてね。名前ちゃんあがってもいいよー」
「じゃあキリが良い時間までいます」

 中学を卒業してからすぐの春休みにバイトを始めた。入る高校がバイト禁止なのか確認もしていないけれど、自分の中で“高校生と言ったらバイト!”という固定概念でやり始めた。客数の少ない店舗で、その中でも毎回やってくる彼の姿はとても印象的だった。買うのはいつもスナック菓子で、まいう棒。新しい味がでるとほんの少しソワソワが増す。早く食べたいと焦れったそうで可愛いらしい。身長がわたしよりもずっと高くて、でも、ぼんやりしているところや持ち物がなんとなく幼い。持ち物に拘らない男子だって多いけれど、彼は中学生なのだろうか、高校生なだろうか。そう考えていると、もう春休みも終盤になっていた。もうすぐ始まる高校生活。それに合わせてこれからのシフトの時間も変わっていくのだけれど、彼にも会えなくなってしまうのだろうかとちょっと気になる。

 ピン、ポーンと軽い音がして入店を知らせる。いらっしゃいませーと反射的に言って振り返ると、彼だった。

(あ、)

 彼はわき目もふらず籠を掴んでお菓子コーナーに行くと、どさどさと入れ始めた。最後にソフトクリームを選んでレジまで持ってくる。いくつかアイス系の商品があったから家族にでも買っていくのかな、なんてうっすら考えながらも商品が溶けないうちに袋に詰めて、さっとレジを打ってお釣りを渡した。と、落ちそうだったのか、お釣りを渡す私の手を彼がキュッと一瞬だけ包むように触れた。

「あっ、すみません」
「…あー、ううん」

 ぼんやりそう言ってお店を出ていった。その背中は春休みの始めよりも幾分高くなっているようだった。やっぱり男の子の成長スピードはちがう、と羨望交じりにため息を吐いた。



 店長にあいさつし、着替えて外へ出ると春先とはいえ、大分暗くなっていた。きついバイトでもないけれどやっぱりそれなりの解放感はあって、少し息を大きく吸い込む、と、コンビニの脇の壁に座りこんでいる彼を発見した。

「…え、と」
「あ、レジのおねーさん」

 彼も私に気づいた。すると、困ったような顔できてきてと手を振るから、傍に寄ってみる。手にはさっき買ったソフトクリームの食べかけを持っていて、もう片手で持っているビニール袋を差し出している。

「アイス、溶けちゃうから…いっこ食べて…」
「え?せっかく君が買ったのに」

 言葉では遠慮しながら、内心すごく驚いていた。いくらなんでも一人で食べきれる量ではなかったはずだ。しかし驚異のはやさで既にいくつかは消費されているらしく、それでも間に合わずに残りのアイスは溶け始めそうなのだった。

「いっこ、えらんで…」
「え、え、ごめんね、じゃあこれ貰うね?」

 わたしがガリガリ君のソーダを選び出すとホッとしたように微笑んでこくこくと肯いてくれた。彼の横に屈み、並んでアイスを食べた。まだ夏の予感すらない時期のガリガリ君はかなり冷たかったけれど、顔見知りになっている彼と何気なく話しているだけで心臓が鳴っていつもより血の流れが速い気がした。
私が一つのガリガリ君を食べる間に、食べかけのソフトクリームと二つのアイスをお腹に納めた彼が言った。

「おねーさんそれ陽泉高校の袋? 名前っていうんだー…?」

 教科書だけ先に取りに行かなければならなくて、今日がその日だった。学校側が準備したにも関わらず一人ひとりの名前の付箋が貼ってあって、用意周到だった。その袋を抱えてそのままバイトにきたのだった。

「そうだよー」

 そう返事しながらも、完全に溶けてきているガリガリ君に気が気ではなかった。液体となって手をつたうガリガリ君に慌てていると、「ふうん…」といった彼は、アイスを持った私の手をぐいと引きよせて、垂れているのを舐めとった。自分に起こった出来事を飲み込めずに固まった私など気にせず、まだ棒についているガリガリ君もガブリと食べてしまった。

「ごちそーさま」

ぽかんと私のフリーズは溶けないまま、彼は立ち上がりながらそう言って、歩き始めた。その背中を見てやっぱり春休みの、ほんのわずかな間に身長が伸びたなと確信し、話しているときそれに気付いているかに聞けば良かったと後悔した。そう思いながら背中を凝視している私を振り返った。

「おれの名前、紫原敦っていうんだ」
おぼえといて、と笑うと紫原、くん、はさがさとビニール袋の音を立てながら帰ってしまって、私は座り込んだまま残された。一人になってじわじわと自分の身に起こったことが理解できると、とんでもなく恥ずかしくなって結局しばらくは立てずに、ふとガリガリ君の棒を見ると中々普段お目にかかれない”アタリ”だった。

(どうしよう、)

(人生の運、全部使ってしまったかもしれない)