午前練が終わってケータイを見れば名前ちゃんからメールが丁度きた。なになに、やっぱ相思相愛ってこいういうこと?緑間がニヤニヤするな気色悪いのだよなんて言うけれど、マジでそんなの気にならないくらい、一通のメールが嬉しい。



From 名前
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バス乗った




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ええええ?俺の彼女はなんだって、こう、素直じゃないのか。でも、送ったメールを見返してツンツンしてしまったことに後悔している姿がすぐに想像出来て、やっぱり頬の筋肉が緩む。返事を祈る様な気持ちで待ってることも知っている。ひたすら照れ隠しでツンツンしてるってこと、上手く表現できなくてむず痒く思っていることも。
このメールだって「俺に会いに」バスに乗ったってことだろ。素直じゃない彼女にわざと『どこ行きのバスー?今練習終わって真ちゃんと帰宅るぜー』と嫌がる緑間と写メを撮って添付して送る。
携帯を見てニヤニヤ笑いの止まらない俺を見かねてか、緑間がため息を吐く。
「あんまり意地の悪い接し方はするものではないのだよ」
それだけ言うと緑間はくるりと背を向けて歩き出す。その背中に声をかける。
「あっれ、真ちゃん乗ってかないの」
「会いに行くのだろう?早く行ってやるのだよ」
その代わり明日はじゃんけん無し、そういうことだろう。ひらひらと手を振る緑間の手は呆れたように、早く行けというように振られている。せっかくの御好意を無駄にするわけいかねーな、そう心の中で呟くと、いつもより断然軽い自転車のペダルを踏みつけた。






部活終わりにシャワーに入ったのだろう、前髪が濡れたままの彼が小さな画像の中でピースしている。後ろで相方の緑間くんが不満たっぷりな顔をしている。それはいいの、いや、そうじゃなくて高尾風邪ひいたらどうするの、他の女の子にそんなとこ見られたら、惚れられて告白されちゃったらどうするの。どこ行きのバスに乗ったかって、分かってよ馬鹿高尾。がたがたと揺れる車内で私の思考もがたがた揺れていた。ああもう、なんて打てばいいの。
会う約束なんてしてなかった。『今日は午前練で終わるって言ってたな』と、完全に陽が昇って明るい室内でトーストが焼けるのを待っている間に眠たい頭で考えていたら、いても立ってもいられなくて、半分トーストを食べ残すと急いで着替えてお化粧をしてバスに乗ったのだった。どうしよう。お前のとこに行くためだよバカ!と送りつけたって良いのだけど、いや良くないけれど、用事なんてないのに会いに行くのは不自然だ。とりあえずバスの番号と終着駅を打って送ると、
 着信中 高尾
手の中で震えだす携帯に、思考がまっしろになる。ああ、高と尾という文字の並びだけでこんなに、心臓が痛いなんて、私は。
通話のボタンを押すと、口元に手を当てて身を屈める。すみません運転手さん、非常時なんです。

『あ、名前ちゃん?』
「ばか高尾、今バスのなか」
『わーってる、次で降りてくんね?』
「へ?」

なんで、と続けることができなかったのはバスの窓の向こうに見慣れた、見慣れたのに心臓はいつまでも慣れてくれなくて心拍数がまた跳ね上がる。彼の姿を見つけたせいだ。バスに追いつくようにスピードを上げて走る自転車。降車ボタンを押して、もたつくように停車したバスから飛び降りる。と、顔を上げる暇なく、自転車に乗ったままの高尾が右腕で抱きついてきて、ゆるくお腹に手をまわされた。
「う、わ、たかお」
減速しながらではあったけれど、勢い余って私もふらふらと後ろへ下がってしまう。私の肩に額を載せているから高尾の表情が見えない。
「急にどうしたの」
呼吸を整えながらも、抑えきれないで笑うから肩から直接高尾の振動が伝わってきてくすぐったかった。写メで濡れていた前髪も自転車を漕いだら乾いてしまったらしい。つんつんした髪と、ずっしりした重さと温度が、そしていつものシャンプーと高尾自身の匂いが混ざった空気が、高尾の存在を伝えている。
あと一秒、一秒だけそれを感じてから「公衆の面前でやめて」とひっぺがそう。
その笑顔が見たかっただけ、それだけだから。

♪I wanna see you/阿部真央