全寮制の学校だなんて、今時流行らない。それでもここは本当に実在するのだ。
 「こっちが校舎っすね、寮はこの先になるんスよ」
 目の前を歩く男の子は、キラキラしたとても綺麗な髪で、色素の薄いそれは純金でできているような気さえした。行く先々で声をかけられる。少女たちの華やかな嬌声と、少年たちの少し粗暴なからかい。そして、笑顔で慣れたようにかわす彼。視線が集中するのは彼がいるせいと、私のせいでもあるだろう。通り過ぎる瞬間聞こえてくるのは囁き交わされる“あの”“転校生”という木擦れのような声だ。
「あんま気にしないでくださいっス」
 瞬間的に私が俯いたことに気づいたかのように黄瀬くんが振りむく。
「噂とかすぐ広まっちゃうのがうちの学校、ていうか…」
「ううん、ちょっと緊張しちゃって、ありがとう」
 申し訳なさそうに眉を下げる彼に笑ってみせると、安心したのかぱあっと明るい笑顔が広がった。感情がすぐ顔に表れる性格らしく、なんだか家に置いてきた犬を思い出させた。
 荘厳、という言葉が似つかわしい校舎はかなり古い時代に建てられたらしく、がっしりとした梁があちこちに見える。分厚い硝子のはまった扉も重たげで、スカスカしたアルミのものではなかった。建物の周りは濃い緑に囲まれていて、森の中に居るみたいだった。敷地を囲う柵や壁があるはずなのにそれさえも木々が隠してしまっているほどだ。隔絶された場所。少年少女と必要最低限の大人たちだけがいる閉ざされた環境。ざあと木々を揺らす風に少しも人工物の匂いがなく、ここだけ時代が止まってしまっている錯覚に襲われる。
 「不思議な場所だね」
 「名字さんもすぐ慣れるッスよ」
 彼の頭の中には既に完璧な敷地内の地図が入っているようで、迷いなく奥へ奥へと案内される。行く手を草木や建物で遮られ、自分のいる位置が分からない。来た道を戻ることなど一人では到底出来そうになかった。
 「荷物はもう寮に届いてるらしいんで、呼ばれてるし、ちょっと来てもらえるッスか」
 「呼ばれてる?」
 「みんなちょっと見た目が強面かもしんねースけど大丈夫ッスよ」
 整った顔でニコッと笑う黄瀬くんは本当に綺麗で、つられるように私も曖昧に笑って頷いた。
 気がつけば緩やかな丘が目の前にあって、コンクリートの細い階段が上へ続いている。掃かれて落ち葉一つない白い階段は、静かではあるけれどよく人が使っているのだと示唆していた。両脇を埋める椿が艶やかな鋭角の葉を茂らせている。今にも咲かんばかりの蕾が所々で色を添えていた。