「花火するのになんでライターとバケツを忘れるのだよ!」
授業が終わって急いで出てきてくれたんだろう緑間は、息を切らしながら高尾と私を怒った。それでも私はへらへら、高尾はけらけらしているのを見て青筋を額に浮かべながらも近くの雑貨店に入ると小さな玩具のバケツと、お土産物の派手なライターを買った。趣味が悪いなあ、と思ってそれでも口に出さなかったのに高尾があっさりと、そして豪快に笑いながら「おい、ぷぷ、緑間、それ、色チョイスやべえから!」と言ってしまうものだから、緑間から無言で頭を勢いよくはたかれて良い音を出していた。ばかだなあ。

ちょっとした公園と称される空き地ですることに決めた。、木々に囲まれてはいるけれど引火しない程度に更地がある。木々の間から青い生き物ののような海が見える。さっさと準備をしているとまだ蚊がいるようで不吉な音を立てて耳元を掠めていった。
「わっ、びっくりした、蚊いるよ」
「蚊取り線香も持ってきていれば…全く人事を尽くせていないのだよ」
「しくったなー」
私が振り払うような仕草をするその視界の端で、今までテキパキと水を汲んできたり働いていた高尾が、作業を止めてぼんやりとしていた。視点が定まっていないようで、表情も抜け落ちている様で今までそんな彼を見たことがなかった。
「高尾?」
「、か」
「え?」
「哀蚊っていうんだ」
私も、緑間も少し驚いて、その場が一瞬静かになる。遠くに潮騒だけが響いている。「太宰の小説か」鼻でふんと笑うと、緑間がインテリを発揮する。私だけが分からずに取り残されて慌てると、ふんと二回目、私の無知を鼻で笑うと「哀蚊とは秋まで生きられる蚊であり、太宰治のどっかの短編集に出てくる」のだよと説明した。
「見つけたら蚊取り線香などは焚かずに生かしてやる、という話しではなかったか」
博学を鼻にかける緑間に腹が立つけれど、実際に博学なのだから仕方ない。ただ素直にへえとだけ感心したように返事をしておく。
「それにはまだ早いだろう、高尾。明日から九月とはいえまだ残暑が厳しいのだよ」
そう言って高尾を振り向くと、
「さっすが真ちゃん、あったまいいな」
ヘラッといつものように笑った。まだ早かったわ、オレまだこんな汗かく癖になー
とTシャツの裾をパタパタと仰ぐ。

別に緑間が太宰を全て読んでいるわけじゃないという話しや、ろうそくに火がつかないとかで騒ぎだすと高尾もいつも通りにはしゃいで緑間をからかっていたし、そんな高尾を見て、私も緑間も声に出すことはなかったけれど、ぼんやりすることなんて人間だれでもある、と思っていたに違いなかった。
花火を全部燃やしつくすと、バケツとライターを持って帰る役をジャンケンで決めた。結局二つとも買った緑間が持って帰ることになって、それに腹を抱えて笑った高尾と私は一回ずつ頭を叩かれた。笑って笑って、明日が学校なんて事実を吹き飛ばすぐらい笑った。灰や墨になった花火の残骸で黒くなった地面は擦っても擦っても黒いままだったけれど、どうしようもなくて、そのまま私達は明日の学校のために家に帰った。