夕陽のオレンジ色も過ぎ去って段々と青い薄闇が広がり始めた。大分暑さは和らいだけれど、それでも地表に残った熱でうっすらと汗をかく程だった。

「夏休み終わっちゃうねえ」
「宿題おわってんのさくちゃん」

高尾が、私を名字から名前呼びに変わったのは最近のことで、呼ばれるたびに心臓がぎゅっと掴まれたように呼吸ができなくなる。ああもう寿命縮まっちゃうなあなんて、心の中で愚痴りながら、次に呼ばれるのを今か今かと待っている。
「………終わってるよ!」
「なに今の間!今日呼び出したけど大丈夫!?」
読書感想文だけが終わってない。ちょっとまずい。でも、現代文の授業自体は土日を挟んでからなので良しとしよう。

『真ちゃんの予備校終わったら花火しよーぜ』
出かけないのは勿体無いなと思った矢先の、夏休み最後のお誘い、そして受信歴に並んだ新着の高尾和成の文字。返事早すぎかな、なんて脳裏をかすめるけど今まで気づいたらすぐ返事してたじゃん、と一人で問答しながら送信画面を眺めた。ケータイを握る手に汗をかいたのは単に暑さのせいだけではないとすでに自覚できている。

「高尾はおわってんの」
現代の小学生は外で遊ばないのだろうか、それとも“のび太君”のように今頃宿題に追われているのだろうか、誰もいない公園で二人でゴリゴリ君をかじる。斜め前の予備校からは、例え夏休みでも休まないプライドと、それを保つための緊迫感が染み出ていて、ただアイスをかじっている私に未来はないと見下ろされているみたいだったけれど、となりで『外れた―』と心から残念そうに叫ぶ高尾が居て、これはこれで良いと思った。