「さぶい」
迎えにきてくれた高尾が、おはようの”お”の形に口を開いた瞬間に文句を垂れた。寒い。ヒートテックも、カーデガンも通り越して立冬の冷たい風が入り込んでくる。やっと色付き始めたと思っている街路樹は、薄い雲の下で秋よりも冬の雰囲気を醸し出していた。高尾は、ぶるりと震える私を見下ろして困ったように笑う。黒い髪が揺れて、少し赤い頬にかかる。カッコいいなあ。自分の、付き合っている人のことをそう思えるって幸せだなあ。この前、モデルの(あのモデルの、)黄瀬くんと遊んだときに買ったらしいセーターがやけに似合っていて格好良くて、そのうち高尾もスカウトされるんじゃないかなとさえ思った。
「さくちゃん薄っぺれーもんなあ」
今日は画材を買う、と言ったら『さくちゃん専用の高尾タクシーをご利用ですか』と電話越しにケタケタ笑うと、私の出掛ける時間を聞いた。そして今だ。
「本当に来てくれると思ってなかった」
「フハッ、信用されてねーなあ」
部活に行っているものだと勝手に思っていたから、そう言い損ねたのだけど、ホイと差しだされたために言葉を補うことも阻止される。高尾の手に握られていたのは、コーンポタージュ。
「この時間から行くなら、飯、食ってないっしょ?」
これならさくちゃん飲んでくれっかなってな、と笑って自転車にまたがると、促すように後ろをチラと見る。
「お待たせしましたさくちゃん高尾タクシー、まあ自転車だけど、な」
寝不足で霞む眼でも高尾の笑顔だけはくっきり見えて、私は自転車の後ろに座ると高尾のセーターを掴んだ。